序
本シリーズも15年の歴史を重ね,丁度頃合いということで,最初からの編集者が全て退き,次巻からは途中からの参加者を中心に新しい陣容でスタートすることとなった.
スタート当時,年間のreview書としては,これまでにも内外で類似の書があったが,そうした中で本シリーズにどんな特徴をもたせて行くのかが我々の課題であった.年毎の新しい文献をまとめて紹介するだけというのもどうかと考え,結局,それぞれのテーマについて,各項目が一つの総説としても通用するようにしたいというねらいをたてた.したがって必要に応じてその年以前の文献を載せることも条件とした.結果として,分量の関係もあって同じ領域を毎年正確に追ってゆくということではなく,研究の進歩の具合を眺めながら,数年毎に前のテーマに戻ってその後の進展をまとめるというように執筆者にお願いをしてきた.
さて,この15年の間の神経学の進歩はどのようであったろうか.他の領域もその傾向はあったろうが,特に神経学では最近の新知見の大部分は分子生物学,特に遺伝子関連であるという印象が大きい.最初の1986年版を振り返ってみると,すでに神経疾患の遺伝子座位のマッピングという項目があって,この分野のその後の発展を暗示させるが,遺伝子を主題に取り上げているのはそれ一つであった.今版では,ご覧のように,19の章のほとんど全てに,成因,治療,診断などに関して遺伝子関連の記述がちりばめられている.おそらくはこれからもしばらくは,こうした方向に研究が進んで行くものと推定される.そうして,これらをみてみると,当然のことではあるが,この分子遺伝学というのは,いろいろな疾患で随分共通なことがあるということに気がつく.そしてこれは神経の中だけでのことではなく,他領域の疾患との間でむしろ重複する点が多い.そうすると,現在,本邦の臨床医学界では,臓器別を主体とした専門医制度の確立にこだわり,それを金科玉条としている傾向があり,それはそれで正しいのではあろうが,臨床家は必ずしも狭い特定の臓器にこだわって医療をするべきではなく,診断,治療を通じて常に普遍的な知識に基盤をおく方が,効率もよく,患者のためにもなるのではないかとも思われる.臨床家はより広い視野で医療を行う時代がくることを,微かながら予感させる2000年版とも考えられる.
15年間のご好意,ご鞭撻に感謝を申し上げ,新しいスタートに更なるご支援をお願いする次第である.
1999年12月
編集者一同
後藤文男 高倉公朋 木下真男 柳澤信夫 清水輝夫 編集
著者
後藤文男 岩坪 威 貫名信行 柳澤勝彦 金井好克 蓑島 聡
安西好美 加藤庸子 片田和廣 佐野公俊 小倉祐子 神野哲夫
伊藤健吾 馬場広子 西野仁雄 大星博明 川村 潤 平井俊策
横山雅子 堀 進悟 村井弘之 吉良潤一 池田 憲 木下真男
斉藤延人 内山真一郎 野川 茂 星野晴彦 藤堂具紀 野村和弘
吉田一成 河瀬 斌 堀 智勝 難波吉雄 長谷川康博 山脇成人
林 輝男 鈴木義之 堀内 泉 吉良潤一 海田賢一 楠 進
廣瀬源二郎 山田広樹 田中章景 祖父江 元 木下真男 林 由起子
荒畑喜一 青木正志 砂田芳秀 戸田達史 間野忠明 平 孝臣
渡辺一功 瀬川昌也 松島善治 林 裕 山下純宏 斎藤豊和
目 次
「神経」領域のホームページとリンク集 <後藤文男> viii
I.Basic Neuroscience
1.Tauopathyとfrontotemporal dementia <岩坪 威> 1
FTDP-17におけるタウ変異 変異と病理・生化学的変化の対応 変異による病因メカニズム FTDP-17研究の今後の課題とtauopathyへのimplication
2.CAGリピート病と核内封入体 <貫名信行> 8
CAGリピート病における核内封入体の同定 核内封入体形成と細胞死との関連
3.Alzheimer病とmolecular misreading
−mutant RNAからみた新しい病態仮説 <柳澤勝彦> 15
AD脳内異常蓄積物の蛋白構成 孤発性ADにおける異常蓄積物形成に関する仮説 APPおよびtauのDNA異常 ADにおけるRNA mutation RNA mutationのAD以外の事例 AD発症をRNA mutationから考える際の問題点/疑問点
4.神経伝達物質トランスポーター <金井好克> 21
グルタミン酸トランスポーターとALS ノックアウトマウスの解析によるグルタミン酸トランスポーターの機能的役割の解明 グルタミン酸トランスポーターの構造・機能相関 モノアミントランスポーターの遺伝子多型と疾患とのかかわり 末梢型モノアミントランスポーター(uptake 2)の同定
II.検査法
1.痴呆の脳画像検査と診断 <蓑島 聡 安西好美> 28
痴呆における画像検査 Alzheimer病におけるコリン作動性神経系の異常 側頭葉内側(海馬,内嗅野,扁桃体)の異常 アポリポプロテイン危険因子 Alzheimer病における皮質機能再編成の可能性 白質病変と脳梁の異常 認知能障害と脳血流代謝変化との関係 脳画像検査を用いた痴呆性疾患の診断 新しい画像解析法 痴呆性疾患の診断と鑑別 予後予測と治療効果判定
2.3次元画像診断の進歩 <加藤庸子 片田和廣 佐野公俊 小倉祐子 神野哲夫> 42
診断法 3D-MRAの特徴,および欠点 脳動脈瘤の描出
3.神経伝達物質のPET,SPECTによる検査 <伊藤健吾> 52
ドーパミン系 ベンゾジアゼピン系 セロトニン系 アセチルコリン系 その他 新しい展開
III.治療法
1.神経移植研究の進歩 <馬場広子 西野仁雄> 61
Parkinson病の治療への応用 脳虚血・梗塞の治療への応用
2.脳血管障害における遺伝子治療の試み <大星博明> 69
遺伝子導入ベクター 脳血管への遺伝子導入 動脈硬化血管への遺伝子導入 くも膜下出血の遺伝子治療 脳梗塞の遺伝子治療
3.Guillain-Barr誌ヌ候群の治療 <川村 潤> 75
単純血漿交換療法 二重膜濾過血漿交換療法 血漿吸着療法 免疫グロブリン大量静注療法 副腎皮質ステロイド
4.脳循環・代謝改善薬の現状 <平井俊策> 79
再評価前の脳循環・代謝改善薬 なぜ再評価なのか? 初回の再評価の経緯と結果 初回の再評価試験の問題点 新たな再評価指定について
IV.脳死
救急現場における脳死判定の実状と問題点 <横山雅子 堀 進悟> 85
脳死の発生状況 臨床的脳死 脳死判定の手順 ドナーカードの普及と救急現場の対応 臓器提供施設 脳死に対する日本救急医学会の対応 事故死に伴う脳死判定 残された問題
V.感染症
1.ダニ感染(含アトピー性脊髄炎) <村井弘之 吉良潤一> 90
ライム病の最近の動向 アトピー性脊髄炎
2.遷延性ヘルペス脳炎 <池田 憲 木下真男> 99
遷延性ヘルペス脳炎の症例呈示 HSE診断に重要な検査と注意点 HSEの遷延化と予後不良となる因子 遷延性HSEの治療法と工夫
VI.脳血管障害
1.脳虚血とアポトーシス <斉藤延人> 106
神経細胞におけるアポトーシスのメカニズム caspaseの活性化 caspaseの抑制 bcl-2ファミリー inhibitor-of-apoptosis(IAP)protein caspaseの上流 グルタミン酸カルシウム仮説との関連 NF-κBとPARP
2.脳卒中の二次予防 <内山真一郎> 115
アテローム血栓性脳梗塞およびTIA 心原性脳塞栓症 ラクナ梗塞
3.脳虚血研究のための動物モデル(ノックアウト動物も含めて) <野川 茂> 128
理想的な脳虚血動物モデル 脳虚血モデルの分類とその特徴 ラットを用いた脳虚血モデル 砂ネズミ(gerbil)を用いた脳虚血モデル マウスを用いた脳虚血モデル ノックアウトマウス─その成果と問題点について─ 慢性脳虚血モデル 神経学的評価スケール Variabilityに影響を与える因子
4.脳血管障害診断における超音波の応用 <星野晴彦> 157
頸動脈狭窄病変に関して plaqueの性状に関して 内膜中膜肥厚(IMT)に関して 大動脈弓動脈硬化性病変と心房病変の診断に関して 経頭蓋超音波検査による頭蓋内血管病変の診断 High Intensity Transient Signal
VII.脳腫瘍
1.脳腫瘍の遺伝子治療─米国の現状 <藤堂具紀> 169
米国における遺伝子治療─総論 自殺遺伝子を用いた遺伝子治療 免疫遺伝子治療 癌抑制遺伝子を用いた遺伝子治療 骨髄幹細胞に対する抗癌剤耐性遺伝子導入療法 抗腫瘍血管新生遺伝子治療 ウイルス療法
2.転移性脳腫瘍治療の最近の進歩 <野村和弘> 183
手術か定位放射線外科(治療)か 定位放射線外科と全脳照射 手術と放射線治療(全脳照射)の効果 転移性脳腫瘍の標準的治療 化学療法
3.頭蓋底腫瘍手術の進歩 <吉田一成 河瀬 斌> 189
前頭蓋窩 中頭蓋窩 中〜後頭蓋窩
chordoma,chondrosarcoma
VIII.外傷
外傷性てんかん <堀 智勝> 196
外傷・術後痙攣 脳手術後のてんかん 外傷性てんかん 分類 外傷・術後痙攣の抑制の目的 外傷性てんかんに関する基礎的研究の動向
IX.変性疾患
1.Alzheimer病治療のストラテージ <難波吉雄> 204
知的・認知機能に対する薬物療法 訓練療法 治療アルゴリズム
2.Parkinson病の自律神経障害 <長谷川康博> 209
心・循環系異常 神経内分泌 消化管障害 排尿障害 陰萎 その他
3.悪性症候群の病態と治療 <山脇成人 林 輝男> 217
悪性症候群の病態 診断・治療
X.代謝性疾患
Refsum病とペルオキシソーム病 <鈴木義之> 223
ペルオキシソーム病とその代謝異常 ペルオキシソーム病としてのRefsum病 Refsum病の臨床像・検査所見・鑑別診断 Refsum病の代謝病態・発生病理 治療
XI.脱髄性疾患
1.Th1/Th2 helper T cellと脱髄疾患 <堀内 泉 吉良潤一> 227
MSにおけるTh1型サイトカインの役割 MSにおけるTh2型サイトカインの役割 MSにおけるtransforming growth factor(TGF)-βの役割 MSにおけるケモカインの役割 MSとTh1/Th2バランス MSのサイトカイン治療とTh1/Th2バランス
2.脱髄性疾患の生物マーカー <海田賢一 楠 進> 235
中枢性脱髄性疾患 末梢性脱髄性疾患
3.Paraneoplastic syndromes <廣瀬源二郎> 242
抗神経組織抗体の関連するparaneoplastic syndromes
XII.末梢神経疾患
ライ菌感染とdystroglycan <山田広樹> 248
ライ菌感染の分子機構
XIII.脊髄疾患
1.球脊髄性筋萎縮症 <田中章景 祖父江 元> 253
臨床,病理 CAGリピートの異常延長 CAGリピートの不安定性 病態
2.Stiff-person syndrome <木下真男> 263
臨床所見 自己免疫的背景 電気生理学的成績
XIV.筋疾患
1.インテグリンα7欠損型先天性ミオパチー <林 由起子 荒畑喜一> 266
骨格筋における細胞膜内外の蛋白質連関 骨格筋におけるインテグリン 先天性筋ジストロフィーにおけるラミニン異常とインテグリンα7β1Dの変化 インテグリンα7欠損型先天性ミオパチー インテグリンα7/β1Dを欠失したマウスモデル
2.三好型遠位型筋ジストロフィー
/肢帯型筋ジストロフィーLGMD2Bとdysferlin <青木正志> 271
これまでの経緯 肢帯型筋ジストロフィー2B型 PACによるcontigの作製 Dysferlin遺伝子の同定 筋ジストロフィー患者におけるdysferlin変異 もう1つの原因遺伝子 Dysferlinの機能
3.Caveolin-3欠損症と常染色体優性肢帯型筋ジストロフィー <砂田芳秀> 278
caveolinとは caveolin-3 caveolin-3欠損症(LGMD1C)の発見 caveolin-3遺伝子変異による常染色体劣性肢帯型筋ジストロフィーは存在するのか? caveolin-3欠損症が発見された意義
4.福山型先天性筋ジストロフィーとフクチン <戸田達史> 283
骨格筋・眼・脳を侵す系統疾患としての福山型先天性筋ジストロフィー FCMD遺伝子とレトロトランスポゾン 遺伝子産物フクチンとFCMDにおける基底膜異常 FCMDの広い臨床スペクトラムと西欧にみられない理由
XV.自律神経疾患
自律神経と宇宙医学 <間野忠明> 288
微小重力環境が人体に及ぼす影響 前庭・自律神経症状としての宇宙酔い 体液移動と心循環系調節障害 微小重力環境がヒトの自律神経活動に及ぼす影響 ニューロラブでの自律神経研究
XVI.機能性疾患
痙性斜頸の治療 <平 孝臣> 294
内科的治療 精神科的治療 外科的治療 脊髄硬膜外刺激
XVII.小児神経疾患
1.小児てんかん研究の進歩 <渡辺一功> 303
新生児期発症のてんかん 乳児期発症のてんかん 幼児期発症のてんかん 学童期発症のてんかん 思春期発症のてんかん
2.ジストニーと瀬川病の遺伝子研究 <瀬川昌也> 309
早期発症常染色体優性遺伝をとるジストニー(DYT1)とtorsin A 瀬川病とGTP cyclohydrolase I遺伝子異常
XVIII.小児脳外科
1.モヤモヤ病治療の最近の進歩 <松島善治> 316
モヤモヤ病治療の現況 さまざまな手術方法 無効例に対する手術 後循環の問題 手術のタイミング 一期的か二期的か 周術期の管理について 早期発見への努力,スクリーニング その他
2.脳幹部腫瘍─最近の進歩 <林 裕 山下純宏> 324
診断 治療
XIX.疫学
急性免疫性末梢神経障害 <斎藤豊和> 330
西欧,米国におけるGBSの疫学について 本邦におけるGBSの疫学の実態
索 引 339