序
Annual Review神経2003をお届けする.本シリーズは1986年にスタートし,今回が第18巻目である.その発刊の趣旨は,いわゆる教科書的な解説や一般的な総説ではなく,Neuroscience各分野における最近の進歩のreviewと講評にある.そのため著者には,最近2〜3年の主要な文献の分析を中心に,それぞれのトピックについて解説頂くよう依頼している.今回も,基礎的事項を始め,診断,治療,さらには神経分野の主要疾患について,42の話題を抽出した.著者はそれぞれの分野のエキスパートであり,各論文の冒頭の「動向」にはその話題の学問的,歴史的位置付けが凝縮している.
現代は情報過多の時代といわれている.IT化が進み,職場にも家庭にもパソコンがある.学問の世界も例外ではなく,科学情報はインターネットから容易に検索することができる.一昔前は主要な文献から孫引きを繰り返していたことを思うと実に便利になったものである.しかし,索引項目を適切に用いないと膨大な数の文献が出てきたり,全く期待外れの論文しか得られないことがある.また,最初から明確な探索対象がある場合はよいが,ある分野に関して多数の文献リストが入手できてもどれが良質なものが判断できないことも少なくない.リストをプリントアウトし,重要そうと思える文献に印をつけ,文献を取り寄せる,といった今昔混然としたやり方をしている方も多いのではないかと想像する.レストランや地名の検索ならパソコン画面で充分であるが,学問的内容は最終的にハードコピーでないと納得できないこともまた事実である.これは世代的な限界なのか,個人的な適応能力の問題なのか判然とはしないが,おそらくその両者の要素によるものであろう.ただ,某社で逸早く冊子体購読者に電子情報もサービスしたが,驚くほど利用者が少なかったと聞いた.資源の問題や労力等を考えると,学内や院内の配布物等は極力印刷物を減らすべきであると思うが,学術論文はまだまだじっくりと頁を繰りたいものである.
本書の目次をざっと眺めて頂くと,おそらく学会やそのプログラム等で一寸気がかりになりつつもそのままにしておいた話題が多いかと思う.編集者らもそのような観点から斬新でしかも示唆的なトピックを拾い出したつもりである.本書が読者の2003年の診療あるいは研究活動の少しでもお役に立てば編集者一同の望外の喜びである.
2003年1月
編集者一同
[編集者]
柳澤信夫 篠原幸人 岩田 誠 清水輝夫 寺本 明
[著者]
小林裕明 村上富士夫 仲嶋一範 少作隆子 前島隆司
狩野方伸 緑川 晶 河村 満 梅田雅宏 田中忠蔵
山口文雄 寺本 明 松田博史 鉾石和彦 池田 学
田辺敬貴 小西哲郎 荒木信夫 臼井雅昭 齋藤研一
西崎隆文 鈴木倫保 村井弘之 岸田修二 松居 徹
郡山達男 松岡直輝 松本昌泰 北川一夫 藤井正純
水野正明 若林俊彦 吉田 純 田中隆一 重森 稔
道川 誠 岩田修永 西道隆臣 中村浩一郎 桃井真里子
前田哲也 馬場正之 越智博文 吉良潤一 奥津一郎
喜多島出 吉田 綾 山本直也 伊藤達雄 樋口逸郎
戸田達史 小林千浩 田中惠子 新井亜希 大野欽司
Andrew G. Engel 佐橋 功 永野 敦 浅野賀雄
島津邦男 山本光利 田ヶ谷浩 内山 真 辻本悟史
澤口俊之 上野賢一 程 康 田中啓治 武田克彦
今福一郎 岡 次 杉森 宏 井林雪郎 繁田雅弘
本間 昭
目 次
I.Basic Neuroscience
1.神経回路の形成に関与する分子群 <小林裕明 村上富士夫> 1
成長円錐の伸長方向を制御する分子ファミリー 神経系で発現する分子多様性をもつ分子群
2.大脳皮質構築とリーリン <仲嶋一範> 10
“しわ”が正常にできない脳─滑脳症 リーリンを欠損したヒト
リーリンによる神経細胞の配置制御機構
3.カンナビノイド受容体 <少作隆子 前島隆司 狩野方伸> 18
カンナビノイド受容体 内因性カンナビノイド
内因性カンナビノイドの生理的役割 逆行性シグナルを受容するカンナビノイド受容体
逆行性シグナルとして働く内因性カンナビノイドの正体
内因性カンナビノイドの放出・作用機序のまとめ
II.検査法
1.記憶検査法 <緑川 晶 河村 満> 25
評価の目的ごとの記憶検査の分類
2.神経のMRS <梅田雅宏 田中忠蔵> 32
1H-MRSの診断への応用 31P-MRSの特徴 13C-MRSの神経組織の代謝研究への応用
3.術中脳機能モニタリング <山口文雄 寺本 明> 46
直接電気刺激法 体性感覚誘発電位 内因性光学的イメージング 視覚誘発電位
脳磁図 機能的MRI 近赤外光分光法 positron emission tomography(PET)
脳神経モニター その他の工夫
4.3D-SSP <松田博史> 52
健常者データベースの構築 3D-SSPの解析処理手順 3D-SSPの典型例
3D-SSPのAlzheimer病診断における有用性
III.診断基準
痴呆の症候学的分類 <鉾石和彦 池田 学 田辺敬貴> 59
脳血管性痴呆 Alzheimer病 Alzheimer病の亜型と類縁疾患
Lewy小体型痴呆 前頭側頭型痴呆と類縁疾患
IV.治療法
1.重症筋無力症と免疫抑制療法 <小西哲郎> 67
免疫抑制剤 その他の免疫抑制療法
2.頭痛治療の新しい展開 <荒木信夫> 76
片頭痛の病態生理 片頭痛とセロトニンの関係 sumatriptan
第2世代のトリプタン系薬剤 群発頭痛に対するトリプタン製剤の効果
片頭痛の予防療法
3.内頸動脈狭窄症─CEAかステントか <臼井雅昭> 88
CEAの安全性と有効性について CASの安全性と有効性について 医療経済性について
4.サイバーナイフ <齋藤研一 西崎隆文 鈴木倫保> 94
治療計画ソフトウエア CKの精度保証について CKの臨床 転移性脳腫瘍の成績
V.感染症
1.BSEと変異型CJD <村井弘之> 102
BSEと変異型CJDの疫学 変異型CJDの臨床的特徴 変異型CJDの診断
変異型CJDの病理所見 変異型CJDの感染性 BSEと変異型CJDの関連
2.Neuro-AIDSにおけるHAARTの意義 <岸田修二> 110
HIV原発性疾患 日和見感染性中枢神経疾患および中枢神経悪性腫瘍
HAART療法導入後のneuro-AIDSの問題点
VI.脳血管障害
1.急性期脳血管障害に対する脳保護について <松居 徹> 126
各種細胞障害機構への阻害剤の現状 その他
2.抗血小板薬と抗凝固薬 <郡山達男 松岡直輝 松本昌泰> 136
慢性期虚血性脳卒中 急性期虚血性脳卒中
アスピリンの脳卒中の発症予防(1次予防) 心原性脳塞栓症 卵円孔開存
3.apo Eと脳血管障害 <北川一夫> 150
apo E遺伝子多型と脳梗塞 apo E遺伝子多型とアミロイドアンギオパチー
apo E遺伝子多型と頸動脈硬化 脳虚血病態におけるapo E蛋白質の意義
VII.脳腫瘍
1.我が国における遺伝子治療の現況 <藤井正純 水野正明 若林俊彦 吉田 純> 157
我が国の遺伝子治療をとりまく環境の変化
リポソームを用いたヒトβ型インターフェロンβ(IFN-β)遺伝子による悪性脳腫瘍に対する遺伝子治療臨床研究
2.脳腫瘍の温熱療法─最近の進歩 <田中隆一> 163
温熱生物学の進歩─分子生物学的アプローチ 脳腫瘍の温熱療法
VIII.外傷
重症頭部外傷のガイドライン <重森 稔> 169
米国のガイドライン ヨーロッパのガイドライン 日本のガイドライン
ガイドラインの功罪
IX.変性疾患
1.Alzheimer病とコレステロール <道川 誠> 174
コレステロール代謝変動とAlzheimer病を関連づける疫学研究の動向
コレステロール代謝変動とAlzheimer病発症機構を結びつける分子メカニズムの解明に関する動向
2.Alzheimer病とネプリライシン <岩田修永 西道隆臣> 183
Aβ分解酵素の同定 ネプリライシンとAD病理との関係
ネプリライシン遺伝子多型と発症との関連
脳内Aβのネプリライシンによる分解と脳内から血中への排出
ネプリライシンを利用したAD治療戦略
3.新しいポリグルタミン病─SCA17(TBP disease) <中村浩一郎> 191
1C2抗体による新規伸長ポリグルタミン蛋白のスクリーニング
TBP遺伝子中のCAGリピートのスクリーニング
本邦4家系および海外報告例の臨床症状のまとめ 画像診断
剖検脳の病理学的および免疫組織学的検討 病態メカニズムに関する考察
X.代謝性疾患
Leigh症候群の分子病態 <桃井真里子> 203
基底核の対称性の病変 分子病態の多様性 母系遺伝するLeigh症候群
核遺伝子変異によるLeigh症候群 PDHC複合体
XI.脱髄性疾患
1.CIDPの治療 <前田哲也 馬場正之> 210
CIDPの診断基準と治療効果判定基準 CIDP周辺疾患 CIDPの治療
2.多発性硬化症のprogressive form <越智博文 吉良潤一> 221
日本人MSの疫学 進行型MS 軸索障害の病態
XII.末梢神経疾患
手根管症候群の内視鏡手術 <奥津一郎 喜多島出 吉田 綾> 234
発生頻度および発症原因に関する報告 解剖学的研究 内視鏡の挿入に関する問題
鏡視手術の有効性に関する客観的証拠 鏡視手術の臨床報告
手術法の比較 合併症に関する報告
XIII.脊髄疾患
脊髄手術の術中モニタリング <山本直也 伊藤達雄> 241
SEP SCEP neurogenic MEP MEP 脊髄虚血
XIV.筋疾患
1.Ullrich病とcollagen VI <樋口逸郎> 248
臨床症状 検査所見 筋病理所見 遺伝子変異 病態
2.Muscle-eye-brain病とαジストログリカノパチー <戸田達史 小林千浩> 255
MEB病の臨床 POMGnT1糖転移酵素遺伝子のクローニング
MEB病原因遺伝子としてのPOMGnT1遺伝子 日本にも存在するMEB病
糖鎖とαジストログリカノパチー
3.遺伝性封入体筋炎,rimmed vacuoleを伴う遠位型ミオパチーの分子病態
<田中惠子 新井亜希> 262
遺伝性封入体筋炎,rimmed vacuoleを伴う遠位型ミオパチーの遠位型ミオパチーにおける位置づけ
DMRVの筋変性機序 DMRVの病因遺伝子
4.先天性筋無力症候群 <大野欽司 Andrew G. Engel 佐橋 功> 271
コリンアセチルトランスフェラーゼ変異 ラプシン変異
5.核膜蛋白異常に伴うミオパチー <永野 敦> 275
核膜の構造と関連蛋白質 nuclear envelopathy nuclear envelopathyの動物モデル
XV.自律神経疾患
1.脳血管障害における自律神経障害 <浅野賀雄 島津邦男> 287
中枢自律神経網 心臓の自律神経機能障害 体温調節系の自律神経機能障害
その他の系の自律神経機能障害
2.神経疾患における123I-meta-iodobenzylguanidine(MIBG)心筋シンチグラフィー
<山本光利> 299
MIBG検査法の理論的背景 MIBGの評価方法
MIBG検査に及ぼす他の薬物の影響と治療効果判定の可否
神経疾患におけるMIBG心筋シンチグラフィーの意義と臨床応用の現状 本検査の問題点
XVI.機能性疾患
概日リズム睡眠障害 <田ヶ谷浩 内山 真> 308
ヒトの生体リズム機構とその特性 外因性概日リズム睡眠障害研究の動向
内因性概日リズム睡眠障害研究の動向
XVII.高次脳機能障害
1.ワーキングメモリの神経機構 <辻本悟史 澤口俊之> 316
モダリティーをこえて 抽象的情報の再現
ルールの再現・変換とワーキングメモリ ワーキングメモリを担う伝達物質
ワーキングメモリに関する新たなコンセプト─動的オペレーティングシステム仮説
2.高次脳機能研究とfMRI <上野賢一 程 康 田中啓治> 326
fMRI計測技術の動向 fMRI信号理解の進歩 BOLD法以外のコントラスト
fMRI解析手法の動向 高次脳機能に関するfMRI研究
3.半側空間無視の神経機構 <武田克彦 今福一郎> 334
病巣研究 脳の賦活実験 座標軸の問題 半側空間無視のメカニズムについて
半側空間無視の経過について
XVIII.小児神経疾患
1.小児てんかんと成人のてんかん─脳波所見と治療方針の相違 <岡 次> 342
てんかんの脳波所見 小児と成人のてんかんの治療
2.小児科領域の脳卒中(もやもや病以外) <杉森 宏 井林雪郎> 348
頻度 病型とその原因疾患 発症時期による特徴・症状 画像診断
予後・治療について 各疾患における特徴,トピックス
XIX.疫学,社会医学
痴呆の疫学 <繁田雅弘 本間 昭> 355
有病率に関する最近の知見 発症率に関する最近の知見 危険因子に関する最近の知見
痴呆性高齢者の生命予後 痴呆の発症予防に関する研究
索 引 361