本誌は年1回,年のはじめに発刊される神経研究のレビュー誌である.神経科学と臨床神経学の広い範囲をカバーするものとしては,我が国で唯一のものといえるが,その利便性と意義は欧米のものとはやや異なるように思う.

 米国では,神経内科領域についてみると,American Academy of NeurologyとAmerican Neurological Associationという,設立の経過は異なるがメンバーは多く重複する二つの学会があり,おのおのNeurology,Annals of Neurologyを発行している.そのうちNeurologyは多くの原著論文が掲載されるが,必ず冒頭にその号のハイライトとして一つのトピックスについて収載されたいくつかの論文の簡単な解説をつけている.また2〜3号に一つ,年間約10編の割合で診療上重要なトピックスについてのsupplementを発行している.そのように学会誌がreview誌としての役割を果たしている.一方reviewそのものの定期誌であるTrends in Neurosciencesは,研究の進展が著しい領域について,トップの学者に自己の業績を中心にまとめてもらうもので,しばしば新しい概念や見方が提唱されることで評価されている.

 本誌の編集方針は,臨床家に対する教育的意義を主として,さらに研究のトピックスの知見をまとめることを目的としている.本誌の編集の苦労はbasic neuroscienceから疫学,社会医学にいたる19項目すべてにわたり適切なテーマと執筆者を選ぶことにある.診断や検索の技術や治療法には多くの領域で重要な進歩があり,選択にさほど苦労はない.また新しい概念や用語についても時期をみてとりあげている.しかし疾患分類に基づく多くの診療領域の中には,毎年複数のテーマをとりあげることに苦労するものがある.

 編集の作業は,各委員が複数の項目を責任分担してテーマと執筆者を提案するが,それ以外の領域でも適宜提案し,そのようにして列挙された多くのテーマから合議によってしぼり込んでいく.

 かって我国では,原著に比べて総説は論文の価値として一段低くみられたことがあった.しかし情報過多の時代にあって,多くの新知見を重要性にそって取捨選択し,現状と将来の方向の正しい位置付けを行うことは,大変な努力と能力を要する作業である.本誌では中堅の専門家にも執筆をお願いしており,その方々にとって,本誌のように多くの読者をもち種々の観点から評価される総説を書くことは,自己の研究の位置付けや新たな視点を得る上で有意義と信じている.

 読者の方々も,研究の動向や新しい知見のみでなく,執筆者の立場やもののみかたを読みとっていただくと,より一層読み甲斐があるであろうと考える.本誌が皆さんにとってそのような書であることを願っている.

  2004年1月

    編集者一同


[編集者]

柳澤信夫  篠原幸人  岩田 誠  清水輝夫  寺本 明

[著者]

山川和弘  酒井規雄  桔梗英幸  加藤元一郎 田邊純嘉

佐々木真理 江原 茂  丸山将浩  岡村信行  荒井啓行

平田幸一  大沼悌一  小阪憲司  磯島大輔  藤山幹子

渡辺英寿  横田裕行  志賀裕正  清水 潤  林 良一

大原慎司  師井淳太  安井信之  北川泰久  山本康正

高橋 弘  倉津純一  新井 一  西本 博  葛原茂樹

植木 彰  花川 隆  福山秀直  辻野精一  城間直秀

小鷹昌明  結城伸泰  三宅幸子  早坂 清  山本正彦

祖父江元  齋藤加代子 高橋 宏  谷浦晴二郎 埜中征哉

平澤恵理  太田宏平  佐藤隆幸  村瀬永子  梶 龍兒

石原健司  河村 満  堀 悦郎  小野武年  西条寿夫

石原傳幸  井上辰志  水野順一  斎藤正彦


目次

I.Basic Neuroscience

 1.てんかんの分子遺伝学  <山川和弘>  1

  てんかんと遺伝  イオンチャネルをコードするてんかん原因遺伝子

  非イオンチャネルをコードするてんかん原因遺伝子

 2.セロトニントランスポーター─基礎と精神神経疾患との関わり  <酒井規雄>  14

  セロトニントランスポーターの構造  セロトニントランスポーターの分布

  セロトニントランスポーターの機能修飾

  セロトニントランスポーターと精神神経疾患・性格との関わり

  セロトニントランスポーターノックアウトマウスの解析

 3.認知記憶の大脳メカニズム  <桔梗英幸>  30

  記銘  想起

II.検査法

 1.脳卒中感情障害(うつ・情動障害)スケール  <加藤元一郎>  35

  スケール作成の手続きと結果

 2.脳血管の画像検査法─三次元CT angiography  <田邊純嘉>  44

  三次元CT angiography  脳動脈瘤  頚部内頚動脈狭窄性病変

 3.MRIの新しい撮像法  <佐々木真理 江原 茂>  51

  超高磁場3T MRI  新しい高速撮像法  拡散強調画像  MR angiography

  MR灌流画像  MR microscopy  その他

III.診断基準

 1.健忘型認知機能障害(amnestic mild cognitive impairment)と

  Alzheimer病の早期診断  <丸山将浩 岡村信行 荒井啓行>  60

  正常加齢と痴呆の間  amnestic MCIの概念とEBM  amnestic MCIのbiomarker研究

  プレセニリン-1遺伝子変異を有し,MCI段階の臨床像を観察しえたADの一例

  amnestic MCIの診断における客観的マーカーの信頼性の比較

 2.慢性連日性頭痛  <平田幸一>  68

  CDHの概念  CDHの分類と診断  治療

 3.BAFMEとその類縁疾患  <大沼悌一>  75

  歴史的展望とBAFMEの位置づけ  BAFMEの特徴  症例  電気生理学的特徴

  遺伝子検索

 4.びまん性Lewy小体病(DLBD)  <小阪憲司 磯島大輔>  84

  頻度  臨床診断  薬物治療  DLBとParkinson病,Alzheimer型痴呆の関係  病態

 5.抗てんかん薬と薬剤性過敏症症候群  <藤山幹子>  91

  DIHSとHHV-6  DIHSの再燃と合併症  DIHSの診断と対策,治療

IV.治療法

 1.ロボッティックサージェリー  <渡辺英寿>  98

  外科におけるロボットの要件  ロボットのタイプ  ロボット利用の目的

  実用化されつつあるロボット  ロボット手術に関する考察

 2.低体温療法の現状  <横田裕行>  104

  低体温療法の臨床応用とその概要  頭部外傷に対する低体温療法

  脳梗塞に対する低体温療法  心肺停止蘇生後における低体温療法

  虚血性心疾患に対する低体温療法

V.感染症

 1.CJDの早期画像診断  <志賀裕正>  110

  CT  SPECT  MRI  MRIと他の検査所見の比較

  PSDが出現しない症例における拡散強調MRIの重要性

  特殊なタイプに特徴的な拡散強調MRI所見  拡散強調MRIでの高信号の意味するもの

  CJDと類似の拡散強調MRI所見を示す疾患

 2.Hepatitis C感染と神経筋合併症  <清水 潤>  117

  HCVに伴う末梢神経障害  HCV関連の筋疾患  HCV関連のその他の神経筋疾患

  IFNα治療に伴う神経筋合併症

 3.Elsberg症候群  <林 良一 大原慎司>  126

  病因  病態  治療と予後

VI.脳血管障害

 1.解離性脳動脈瘤の診断と治療  <師井淳太 安井信之>  133

  診断  治療

 2.抗リン脂質抗体症候群と脳血管障害  <北川泰久>  139

  抗リン脂質抗体の測定  抗リン脂質抗体症候群の原因疾患と臨床症状の頻度

  抗リン脂質抗体と脳梗塞

 3.脳梗塞の二次予防─血圧管理を中心に  <山本康正>  152

  脳梗塞再発予防と血圧  24時間血圧よりみた脳卒中再発予防

  降圧薬の種類と脳梗塞予防

VII.脳腫瘍

 1.脳幹部腫瘍の手術療法  <高橋 弘>  161

  手術療法の適応  手術手技

 2.無症候性脳腫瘍  <倉津純一>  168

  無症候性脳腫瘍の動向  無症候性髄膜腫  無症候性下垂体腺腫

  無症候性聴神経腫瘍  無症候性血管芽腫  無症候性嚢胞性病変  無症候性グリオーマ

 3.眼窩内腫瘍治療の進歩  <新井 一>  175

  腫瘍の発生部位と種類  臨床像  画像診断  手術適応

  手術方法の選択と手術操作  視神経鞘髄膜腫の治療  涙腺癌の治療

VIII.外傷

 被虐待児頭部外傷  <西本 博>  181

  歴史的背景と名称  虐待による頭部外傷の受傷機転と頭蓋内病変

  虐待による頭部外傷と事故による頭部外傷の鑑別─特に急性硬膜下血腫に関して

  被虐待児に対する画像診断  虐待による頭部外傷と眼底出血

  虐待を考慮しての乳幼児急性硬膜下血腫例への対応

IX.変性疾患

 1.ALS/parkinsonism-dementiaの現状  <葛原茂樹>  189

  紀伊半島ALS高集積地区におけるPDCの存在の確認  独特の網膜症

  疫学と原因仮説  遺伝素因と原因遺伝子探索  環境因説

  原因との関連で注目される国内外の報告  tauopathyの観点から

  ALS/PDCの原因研究と今後の展開

 2.Alzheimer病と食事栄養因子  <植木 彰>  198

  Alzheimer病の栄養学的問題点  抗酸化物とAlzheimer病  魚油とAlzheimer病

  高ホモシステイン血症とAlzheimer病

  Alzheimer病と糖尿病,インスリン抵抗性,血管因子  日本人での栄養調査

 3.Parkinson病の脳機能画像  <花川 隆 福山秀直>  210

  Parkinson病に応用されている画像法  脳機能イメージングでみるParkinson病の病態生理

X.代謝性疾患

 Alexander病とvan der Knaap病の分子病態  <辻野精一 城間直秀>  221

  Alexander病  Alexander病の分子病態  van der Knaap病

  van der Knaap病の分子病態

XI.脱髄性疾患

 1.Bickerstaff脳幹脳炎  <小鷹昌明 結城伸泰>  227

  疾患概念に関する歴史的背景  病因・病態  診断と鑑別疾患  先行感染因子

  臨床像  治療

 2.自己免疫性脳脊髄疾患の糖脂質療法  <三宅幸子>  237

  NKT細胞と多発性硬化症  NKT細胞と糖脂質抗原

  実験的自己免疫性脳脊髄炎における糖脂質療法  MS治療への臨床応用の可能性

XII.末梢神経疾患

 1.Charcot-Marie-Tooth病2型および類縁疾患の分子病態と臨床  <早坂 清>  245

  優性遺伝を示す病型  劣性遺伝を示す病型

 2.HSN type 1とserine palmitoyltransferase  <山本正彦 祖父江元>  252

  HSN1の臨床  SPTの生化学  HSN1の病態生化学  スフィンゴ脂質代謝の動物モデル

XIII.脊髄疾患

 1.脊髄性筋萎縮症の分子遺伝学の進歩  <齋藤加代子>  260

  SMAの診断基準,分類,頻度  SMAの遺伝子研究の進歩

  SMA患者におけるSMN遺伝子,NAIP遺伝子による遺伝子診断

  DNAマーカーを用いたハプロタイプ解析による遺伝子診断,出生前診断

  MN蛋白質  動物モデル  SMAの臨床的遺伝子的多様性

 2.後縦靭帯骨化症  <高橋 宏 谷浦晴二郎>  269

  歴史的背景・疫学  発生原因  病理  臨床症状  画像所見  治療法と予後  予後

XIV.筋疾患

 1.ネマリンミオパチーの分子病態  <埜中征哉>  279

  ネマリンミオパチーの位置づけ  ネマリンミオパチーと遺伝子変異

 2.Schwartz-Jampel症候群(軟骨異栄養性筋強直症)とパールカン  <平澤恵理>  286

  Schwartz-Jampel症候群の臨床  SJSの原因遺伝子パールカンの分子生物学

  マウスおよびヒトにおけるパールカン遺伝子の変異と病態

  先天性筋無力症候群とSJSにおけるAChE欠損と発症機構

 3.重症筋無力症の内視鏡的胸腺摘出術  <太田宏平>  293

  重症筋無力症と胸腺摘出  内視鏡下胸腺摘出術  我々の臨床経験

  胸腔鏡下胸腺摘出術(VATS)  小児,高齢者への適応  本邦での報告

  内視鏡下胸腺摘出術の利点,問題点,今後の課題

XV.自律神経疾患

 起立性低血圧の機序と治療  <佐藤隆幸>  302

  起立性低血圧の機序  起立性低血圧の治療

XVI.機能性疾患

 書痙の病態生理  <村瀬永子 梶 龍兒>  307

  総説  病態生理

XVII.高次脳機能障害

 1.皮質基底核変性症における行為障害  <石原健司 河村 満>  316

  CBDと失行  我々の検討  CBD診断の曖昧性

 2.情動の神経機構  <堀 悦郎 小野武年 西条寿夫>  327

  大脳辺縁系における情動の神経機構  社会的認知機能の神経機構  情動発現の物質機構

XVIII.小児神経疾患

 1.筋ジストロフィーにおける心肺不全─病態と治療  <石原傳幸>  340

  死因と死亡年齢  病理学的検討  血行力学的検討

  自然経過の把握(治療効果判定のものさし作成)  呼吸不全の治療  側彎症手術

  左心不全の治療

 2.Chiari奇形と脊髄空洞症  <井上辰志 水野順一>  347

  脊髄空洞症の病因  Chiari奇形に伴う脊髄空洞症の手術適応

  Chiari奇形に伴う脊髄空洞症の治療

XIX.疫学,社会医学

 痴呆性疾患と成年後見制度  <斎藤正彦>  352

  高齢社会の現状と成年後見制度  我が国の成年後見制度の歴史

  平成12(2000)年度改正前制度の問題点  新しい成年後見制度の概略

  新しい成年後見制度の現状

索引  361