日進月歩の医学領域において,特に近年注目を浴びているのが脳神経領域であることは,本書の読者には十分判って戴けよう.
 従来,診断方法の条理性には興味があるが,決定的治療法はないのが欠点と言われ続けてきた神経学領域の諸疾患は,近年はその詳しい病態の解明とともに,疾患によっては適切な新しい治療が開発され,治療が可能となった.
 しかし,遺伝性疾患,変性疾患などに代表される神経疾患のみならず,脳血管障害を含めて全ての神経疾患が治療法の進歩にも拘らず,完全に治療するとは限らない.したがって,全ての疾患に対する究極の目標が予防であるように,神経疾患に関しても予防神経学が最終的には最重要となる.しかし,この「Preventive Neurology」ともよぶべき領域が,従来の神経学研究の領域で全く欠けていたと言わざるを得ない.
 本書はすでに22年にわたり,神経学領域の進歩を,その領域の世界で通用する専門家の方々によるレビューにより紹介し続けてきた.類似の神経学領域におけるトピックスのレビュー誌は世界にもみられるものの,Basic Neuroscienceに始まり,脳血管障害,中毒・代謝疾患,末梢神経疾患,脱髄疾患,筋疾患,自律神経疾患,機能的疾患,小児神経疾患,高次脳機能障害から神経疾患の疫学・社会医学まで,ここ数年の進歩をこれ程,各著者が高レベルでまとめられた書は存在しないと断言できよう.将来,さらに「Preventive Neurology」の領域が本書の項目に含まれることも期待される.
 無数に存在する国内外の文献を,コンピューターにより検索することが可能となった現代とはいえ,研究・臨床,時には教育に忙しい合間をぬってそれらの全てに目を通すのは不可能なので,私共自身もこの“Annual Review神経”を通して勉強させて戴いた.
 本誌に目を通すことにより,どれだけ時間の節約が可能となったかは計り知れない.また本誌の著者を依頼されると,張り切ってレビューした記憶がある.
 最近本誌の編集に携わるようになってから,以前に本誌で勉強したことを思い出し,読者が何を望み,また著者にはどのような依頼をすると書き易いかなどのノウハウを,我々の経験を通して編集に生かそうと考え,編集者一同努力を続けてきた.その努力の結晶の一部がこの“Annual Review神経 2007”であり,ご満足戴けるものではないかと自負している.
 時間のない読者のことを十分考慮し,各項目の始めに要約を付けたのも一つの工夫であるが,さらに読者の方々からも本誌に望むことを是非編集部までお知らせ願えれば,それを取り入れさせて戴いて「読者のための本誌」となるよう努力を続ける所存である.

2007年1月
編集者一同



[編集者]

柳澤信夫   篠原幸人   岩田 誠
清水輝夫   寺本 明

[著者]

本間さと   本間研一   岡 勇輝
東原和成   南部 篤   花島律子
宇川義一   佐々木真理  柴田恵理
西山和利   三井良之   楠 進
虎谷直美   成冨博章   松本康史
江面正幸   高橋 明   黒田 敏
岩崎喜信   伊関 洋   中嶋秀人
峰松一夫   太田晃一   篠原幸人
加藤宏之   植木敬介   河瀬 斌
山本勇夫   杉山 聡   堤 晴彦
村山繁雄   齊藤祐子   曽根 淳
菱川 望   田中章景   祖父江 元
融 衆太   水澤英洋   西澤正豊
矢崎正英   高嶋 博   桑原 聡
三澤園子   安東由喜雄  三隅洋平
戸田茂樹   寺本 明   古賀靖敏
迫田俊一   樋口逸郎   田村直俊
清水利彦   鈴木則宏   廣瀬源二郎
濱田潤一   櫻井靖久   種村留美
種村 純   廣瀬伸一   師田信人
端 和夫


目次

I.Basic Neuroscience
 1.サーカディアンリズム形成のメカニズム 〈本間さと 本間研一〉
    時計遺伝子自律調節フィードバックによる細胞内リズム発振
    生物発光による時計遺伝子発現連続測定と発光分子イメージング
    視交叉上核の多振動体階層構造: 単一細胞周期と組織リズムの関係中枢時計に
    よる末梢時計の調節  シアノバクテリアの時計と哺乳動物の時計
 2.匂いの分子生物学 〈岡 勇輝 東原和成〉
    匂い分子と嗅覚受容体  嗅上皮から嗅球への情報伝達様式とその分子メカニズム
    嗅球から嗅脳への情報伝達
 3.大脳基底核をめぐる6つの問題 〈南部 篤〉
    大脳基底核の神経回路は,どう考えたらよいのか?
    直接路・間接路モデルは,現在でも有効か?
    線条体のコンパートメント構造とは何だったのか?
    大脳基底核の機能は?  大脳基底核疾患の病態はどう考えたらよいのか?
    脳深部刺激療法の作用機序は?

II.検査法
 1.運動障害 movement disordersの電気生理学検査 〈花島律子 宇川義一〉
    経頭蓋的磁気刺激法  周波数解析
    深部脳刺激法 deep brain stimulation(DBS)
 2.3 Tesla MRIの臨床的意義―最近の進歩 〈佐々木真理 柴田恵理〉
    3T固有の課題の克服  空間分解能の向上  MRAの画質向上
    拡散強調画像の画質向上  磁化率イメージングの可能性
    神経伝達物質イメージングの今後

III.診断基準
 1.サルコイドーシスの神経・筋病変に関する最近の動向
   ―特に診断基準の見直しをめぐって 〈西山和利〉
    症状・症候  疫学と病因  診断のための臨床検査  予後と治療
    サ症診断基準改訂に関する歴史的背景  旧来の診断基準 新しい診断基準
 2.CIDPとMMN 〈三井良之 楠 進〉
   CIDPの診断基準  CIDPの診断と神経生検の役割  MMNの診断基準
   MMNの鑑別疾患

IV.治療法
 1.低体温療法と脳疾患 〈虎谷直美 成冨博章〉
    頭部外傷  くも膜下出血  心停止後脳症  脳梗塞  今後の展望
 2.脳血管内治療とその進歩 〈松本康史 江面正幸 高橋 明〉
    脳動脈瘤塞栓療法  ステント留置術
 3.骨髄間質細胞移植による中枢神経再生―最近の進歩 〈黒田 敏 岩崎喜信〉
    中枢神経疾患モデルへのBMSC移植―when & how?
    BMSCの増殖・遊走のメカニズム
    BMSC移植による神経症状の改善のメカニズム
    BMSCの神経系細胞への分化をめぐる論争
    BMSCによる栄養因子の産生
    BMSCによる神経幹細胞の活性化BMSC移植の臨床応用
 4.インテリジェント手術室 〈伊関 洋〉
    術中画像の流れ  術中MRI手術室  世界の術中MRI手術室の分類と概要

V.感染症
 単純ヘルペスウイルス感染症と脊髄炎 〈中嶋秀人〉
    臨床像  症例  病態とHSV型別  診断・鑑別診断
    単純ヘルペス脊髄炎の治療

VI.脳血管障害
 1.Stroke care unit(SCU)とstroke unit(SU)のあり方と現状 〈峰松一夫〉
    SU,SCUと脳卒中チーム  脳卒中診療に関する最近の世界の取り組み
    わが国における脳卒中急性期診療の実態と今後
 2.t-PAと今後の脳卒中治療展望 〈太田晃一 篠原幸人〉
    日本脳卒中学会によるrt-PA(アルテプラーゼ)静注療法適正治療指針
    NINDS試験のサブ解析および欧米で認可後の治療成績
    rt-PA静注療法の適応時間延長の可能性  脳保護療法との併用療法
    血栓溶解薬の局所動注療法  日本のrt-PA静注療法の現状と今後の展望
 3.Microbleedsの臨床的意義とその対応 〈加藤宏之〉
    T2*強調画像  CMBの定義  CMBの病理
    健常人のCMB脳出血とCMB  脳梗塞とCMB
    脳アミロイド アンギオパチーとCMB  CADASILとCMB
    CMBの危険因子  CMBの予後  CMBと抗血栓療法

VII.脳腫瘍
 1.Oligodendrogliomaの化学療法 〈植木敬介〉
    Oligodendrogliomaの化学療法感受性
    Anaplastic oligodendro-glioma(WHO grade 3)の化学療法
    Low-grade oligodendro-glioma(WHO grade 2)に対する化学療法
    Temozolomideの出現とoligodendrogliomaの化学療法
    MGMT遺伝子のメチル化とoligodendroglioma
 2.頭蓋底髄膜腫の治療戦略 〈河瀬 斌〉
    髄膜腫の自然経過  生物学的マーカーと増大率
    手術方法と手術機器の発達と変遷  定位放射線治療(SRS)
    前頭蓋底髄膜腫  中頭蓋窩底髄膜腫  後頭蓋窩底髄膜腫
 3.脳室内腫瘍の手術 〈山本勇夫〉
    側脳室へのアプローチ  第三脳室へのアプローチ
    第四脳室へのアプローチ  今後の展望・課題

VIII.外傷
 頭部複合外傷の管理 〈杉山 聡 堤 晴彦〉
    外傷の重症度評価の指標  多発外傷に伴った頭部外傷の管理  問題点

IX.変性疾患
 1.PDD(認知症を伴うParkinson病)とDLB(Lewy小体型認知症)の
   臨床と病理 〈村山繁雄 齊藤祐子〉
    PDDとDLBの命名をめぐる歴史
    PD/PDD/DLBと,非αシヌクレイノパチー家族性PD
    PD/PDD/DLBのゲノム神経病理  PD/PDD/DLBの末梢自律神経病理
    PD/PDD/DLBの画像診断 PD/PDD/DLBとAD病変との関係
 2.Neuronal intranuclear hyaline inclusion disease
  〈曽根 淳 菱川 望 田中章景 祖父江 元〉
    臨床症候  病理所見  今後の課題
 3.脊髄小脳変性症の新しい病型と病態 〈融 衆太 水澤英洋〉
    脊髄小脳変性症の分類  優性遺伝性脊髄小脳変性症
    常染色体劣性遺伝性脊髄小脳変性症  孤発性脊髄小脳変性症

X.中毒・代謝疾患
 1.スギヒラタケ脳症 〈西澤正豊〉
    臨床症状  検査所見  剖検所見  発症機序について
 2.成人型シトルリン血症の病態と治療 〈矢崎正英〉
    成人型シトルリン血症の臨床的特徴  成人型シトルリン血症の病因と病態
    成人型シトルリン血症に対する治療指針

XI.末梢神経疾患
 1.常染色体劣性遺伝形式の末梢神経障害および小脳失調症を示す疾患
   ―spinocerebellar ataxia with axonal neuropathy(SCAN1) 〈高嶋 博〉
    SCAN1の疾患概念とその臨床像  SCAN1のマッピングと原因遺伝子の同定
    TDP1の生理機能  TDP1の異常His493ArgがSCAN1を引き起こすメカニズム
 2.Crow-Fukase症候群の新規治療展望 〈桑原 聡 三澤園子〉
    従来療法  新規治療
 3.家族性アミロイドポリニューロパチー(FAP)の免疫療法
  〈安東由喜雄 三隅洋平〉
    TTRのアミロイド形成機構  FAPの免疫療法
    抗体治療の問題点と今後の展望
XII.脊髄疾患
  頸椎前方アプローチ術の進歩 〈戸田茂樹 寺本 明〉
    前方固定術の現状  Arthroplastyの特徴
    Arthroplastyに用いる人工椎間板の種類  Arthroplastyの評価
    今後の展望

XIII.筋疾患
 1.MELASのL-アルギニン療法 〈古賀靖敏〉
    MELASの疫学  MELASの診断基準
    MELASにおける脳卒中様発作の病態
    L-アルギニン療法に関する最新の研究
 2.Naチャネルミオトニー 〈迫田俊一 樋口逸郎〉
    ミオトニーの成因  臨床診断  電気生理学的診断  治療

XIV.自律神経疾患
 1.筋萎縮性側索硬化症の自律神経機能異常 〈田村直俊〉
    歴史的背景  心・血管系  発汗系  その他の臓器系
    交感神経の病理  ALS型自律神経機能異常の発生機序
 2.脳血管の自律支配神経 〈清水利彦 鈴木則宏〉
    Intrinsic innervation(脳内からの血管支配)について
    Extrinsic innervation(神経節からの血管支配)について
    脳血管周囲の神経叢の構造支配神経と血管の連絡
    脳血管支配神経の発達過程  脳血管支配神経の年齢および疾患による変化
    脳血管支配神経の機能

XV.機能性疾患
 1.てんかん治療と年齢・性差 〈廣瀬源二郎〉
    年齢差によるてんかん治療  性差によるてんかん治療
 2.片頭痛と脳血管障害 〈濱田潤一〉
    片頭痛性脳梗塞  疫学的検討  頸部動脈解離と片頭痛
    片頭痛と白質病変  CADASIL  片頭痛と卵円孔開存
    片頭痛から脳梗塞に至る機序

XVI.高次脳機能障害
 1.失読の種々相 〈櫻井靖久〉
    失読の分類  読みの認知心理学的モデルと読字障害  純粋失読の症候学
    純粋失読の病巣と特徴  側頭葉後下部型失読失書
    賦活研究からみた読み―特に語形認知領域に関して
 2.高次脳機能障害のリハビリテーション 〈種村留美 種村 純〉
    高次脳機能障害に対する社会的認知の広がり
    治療ガイドラインにおける認知リハビリテーションの評価
    社会的行動障害・情緒障害と認知行動療法
    知識獲得の方法: 誤りなし学習と手がかり漸減法  半側無視治療法の発展

XVII.小児神経疾患
 1.小児てんかんの分子生物学
   ―乳児重症ミオクロニーてんかんでの遺伝子異常の最近の話題 〈廣瀬伸一〉
    SMEIの遺伝子変異の概要  SMEIの遺伝子変異の最近の知見
    ワクチン脳症とSMEI遺伝子変異  イオンチャネル細胞内輸送障害
 2.二分脊椎の治療 〈師田信人〉
    葉酸投与の疫学的評価  脊髄髄膜瘤に対する胎児手術
    潜在性二分脊椎の治療

XVIII.疫学・社会医学
 脳ドックの現状と展望―MRIで発見される画像異常の現状 〈端 和夫〉
    大脳白質病変  脳微小出血 cerebral microbleeds(CMB)
    無症候性脳梗塞  無症候性頸動脈狭窄症  無症候性未破裂脳動脈瘤

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