「Annual Review神経1997」が上梓の運びとなった.1986年版が創刊であるから,12冊目ということになる.この10年余の神経学の歩みを適確にとらえて,必要な情報を読者の方々に提供できてきたであろうか.自らの浅学を顧みると,いささか心もとない思いもして,諸賢のご叱正を頂き,さらに充実したReviewにして行きたいものと願っている.

 本版は,最近の本シリ-ズの共通的現象として,やはり遺伝子異常にかなりのスペ-スが割かれている.この所の神経学で新知見といえば,何らかの形で遺伝子に関係していることから考えても,好むと好まざるとに拘わらず,こうした傾向となるのは避けられないことであろうと思われる.執筆順に追って行くと,まずbasic neuroscienceの章はそ最たるもので,小沢英二郎精神神経センタ-研究所長のsarcoglycanopathy,石浦章一氏のcalpainの分子生物学のまとめは,筋疾患の最新の話題を理解する上でまたとないreviewとなっている.そのほか,変性疾患,代謝性疾患,筋疾患,小児神経疾患の各章でも,当然のことながらこの問題が中心のひとつになっている.それのみか,本版では脳血管障害,脳腫瘍の章にまで,遺伝子が顔を出しており,まことに現在の神経学の研究が何を中心にして廻っているのかを示唆する材料となっていて興味深い.

 しかし,こうしたreviewを通読して,改めて感じることは,こうして明らかになってきた遺伝子異常と,その疾患の発現機序,症状などの臨床的問題との間の谷間の存在である.例えをdystrophin欠損症に挙げれば,この蛋白の欠損がどうして筋線維の崩壊をもたらのかなお明らかでない.三池輝久教授のreviewはこの点にも触れて書かれているが,今後の神経学の研究テ-マのひとつは,この谷間に光を当てることにあると思われ,当然ながらこうしたreviewは,過去を振り返ることに主眼があるのではなく,将来への展望にこそその主眼があることに今更のように感を深くする次第である.

 遺伝子異常のほかにも,免疫の問題にかなりの脚光が当てられており,またそのほか野疾患の病態,検査や治療の技術的進歩などについても,執筆の諸先生の御尽力により,力のこもった,読み甲斐のあるreviewが並んでいるのは,これまでの版同様である.編集者の喜びもひとしおで,改めてお礼を申し上げたい.

                      1996年12月

                             編集者一同

後藤文男  高倉公朋  木下真男  柳沢信夫  清水輝夫 編集 

著者

徳田隆彦  犬塚 貴 小沢えい二郎 冨岡茂雄  石浦章一  

伊関 洋  高倉公朋  七條文雄  松本圭蔵  渡辺英寿  

久野貞子  林 成之  糸山泰人  森本幾夫  野島美久  

菅 貞郎  高木繁治  天野隆弘  久保長生  高倉公朋  

溝江純悦  水野正明  吉田 純  西川 亮  加藤庸子  

森 啓   三本 博  高橋裕秀  桜川宣男  伊藤泰広  

祖父江元  結城伸泰  傳田定平  下地恒毅  久保田基夫  

山浦 晶  中村昭則  池田修一  三池輝久  砂田芳秀  

永野 敦  荒畑喜一  田村直俊  島津邦男  坂井文彦  

清野昌一  近藤直実  青木継稔  山口之利  清水教一  

林 隆士  福井仁士

目 次

I.Basic Neuroscience

1.アポリポ蛋白Eとamyloidogenesis 〈徳田隆彦〉  1

ApoEの分子特性-特に各isoformの違い  ApoEとamyloidosis  ApoEが発症に関与するその他の疾患  ApoEε4 (E4)によるamyloidogenesis発現機序(報告されている仮説)  ApoEによるamyloidogenesis発現機序(筆者の仮説)

2.Synaptic proteins とparaneoplastic neurologic degeneration 〈犬塚 貴〉  12

シナプス蛋白を標的とする傍腫瘍性神経症候群 標的とされる神経終末のシナプス蛋白とその抗体の病態関与への可能性

3.サルコグリカノパチー(SGP)概念の形成

   -Duchenne様常染色体劣性筋ジストロフィーまたはSCARMDをどう理解するか

                〈小沢えい二郎〉  22

DMD,BMDそしてSCARMD  臨床症候学と遺伝学の立場から  DMDとSCARMDの頻度  免疫組織化学の立場から  連鎖解析研究の立場から  ジストロフィン-ジストロフィン結合タンパク質の細胞生物学  分子遺伝学の立場から  SGP仮説の提唱とその進展  SGPそしてDMD・BMD  SGP診断のために  肢帯型筋ジストロフィーの分類

4.Calpainの分子生物学と肢帯型筋ジストロフィー 〈冨岡茂雄 石浦章一〉  41

Calpain familyの分子種と構造 骨格筋特異的Calpain, p94 (nCL-1, Calpain 3)と肢帯型筋ジストロフィー (LGMD) 2A

II.検査法

1.コンピュータ支援モニタリングシステム 〈伊関 洋 高倉公朋〉  49

医療におけるバーチャル リアリティー(VR)の役割  オーグメンテド リアリティ  レジストレーション  多種画像統合のためのレジストレーション用マーカー  レジストレーションに使われている三次元tracking system  脳の変形  術中画像モニタリング  生理情報管理によるモニタリング  将来展望としての仮想病院と遠隔手術支援

2.EEG topography (二次元脳電図) 〈七條文雄 松本圭蔵〉  56

EEG topographyの歴史  EEG topographyの原理  各種EEG topography表示法  EEG topographyの臨床応用  EEG topographyの今後の展開

3.Functional MRI (fMRI) 〈渡辺英寿〉  63

計測原理  fMRIの特徴  神経機能の計測

III.治療法

1.Parkinson病治療の進歩 〈久野貞子〉  68

治療のアルゴリズム  薬物治療

2.脳低温療法 〈林 成之〉  80

低体温から脳低温療法への歴史的背景  脳温変動機構と脳低温療法の作用機序  脳低温療法の問題点  脳低温療法の臨床的評価

3.多発性硬化症の最近の免疫療法 〈糸山泰人〉  87

インターフェロン療法  ミエリン抗原とコポリマーI  免疫抑制薬と免疫調整薬  抗ウイルス薬

IV.感染症

AIDS研究の現状 〈森本幾夫 野島美久〉  94

HIV感染とその免疫系  ワクチン開発および遺伝子療法について  ケモカイン受容体とHIV

V.脳血管障害

1.脳虚血と遺伝子発現 〈菅 貞郎〉  104

Fos,Junなどの即初期遺伝子 (IEGs)  Apoptosis  神経栄養因子,サイトカイン  HSPと虚血耐性  最新の分子生物学的手法による研究

2.脳ドックと脳血管障害 〈高木繁治〉  112

無症状性脳梗塞についてどのようなことがわかったか  無症状性白質病変についてどのようなことがわかったか  無症状性脳梗塞と白質病変の問題点  未破裂脳動脈瘤の頻度  未破裂脳動脈瘤の問題点

3.SPECTの最近の進歩 〈天野隆弘〉  118

SPECTによる各種受容体の画像化  SPECTによる脳代謝の画像化

VI.脳腫瘍

1.重粒子線による治療 〈久保長生 高倉公朋 溝江純悦〉  129

高LET放射線治療  放射線治療の問題点  重粒子線治療装置  脳腫瘍の治療に対する重粒子線治療  今後の課題

2.脳腫瘍の遺伝子治療 〈水野正明 吉田 純〉  135

脳腫瘍に対する遺伝子治療の現状  今後の課題

3.脳腫瘍の成長因子 〈西川 亮〉  141

Epidermal growth factor receptor (EGFR)  Platelet derived growth factor (PDGF)  Transforming growth factor (TGF)  Fibroblast growth factor (FGF)  Vascular endothelial growth factor (VEGF)

VII.外傷

慢性硬膜下血腫 〈加藤庸子〉  150

成因  発生頻度  病態  画像診断  血腫の増大  治療法  合併症  血腫被膜の病理

VIII.変性疾患

1.家族性アルツハイマー病の分子生物学 〈森 啓〉  158

研究の歴史と動向  家族性アルツハイマー病の意義  家族性アルツハイマー病の原因遺伝子  家族性アルツハイマー病の原因遺伝子の今日的課題

2.筋萎縮性側索硬化症の病因と治療 〈三本 博〉  166

グルタミン酸塩による運動ニューロン障害説  グルタミン酸による障害説に対する治療法  Superoxide dismutase SOD1酸素異常と遊離基による障害説  SOD1の異常に対しての治療  神経細線維の異常  神経細胞栄養因子

3.基底核疾患のPET 〈高橋裕秀〉  176

[18F] 6-L-fluorodopa法PET  ドパミン受容体  脳賦活試験  

その他

IX.代謝性疾患

Neuronal ceroid lipofuscinosis (NCL) のpalmytoyl protein thioesterase gene mutation

                〈桜川宣男〉  187

3亜型分類の特徴  PPTの精製とクローニング  CLN1の遺伝子座位  CNL1におけるPPT遺伝子異常の発見

X.脱髄性疾患

Adrenoleukodystrophyの病型と遺伝子異常 〈伊藤泰広 祖父江元〉  192

歴史的経緯と概観1-3)  ALDPの構造と機能  ALDの臨床  ALDの画像診断  ALDの臨床像を規定するものは何か?  治療と今後の展望

XI.末梢神経疾患

カンピロバクター ニューロパチー 〈結城伸泰〉  204

カンピロバクターと軸索型Guillain-Barre症候群  カンピロバクター ニューロパチーの発症機序

XII.脊髄疾患

1.脊髄機能の術中モニタリング 〈傳田定平 下地恒毅〉  212

分節性脊髄誘発電位 (segSCP)によるモニタリング  伝導性脊髄誘発電位 (condSCP)によるモニタリング  経頭蓋刺激法によるモニタリング

2.Syringomyeliaの治療 〈久保田基夫 山浦 晶〉  221

Chiari I型奇形に伴う脊髄空洞症に対する手術  脊髄外傷後脊髄空洞症  脊髄腫瘍に伴う脊髄空洞症  後天性Chiari I型奇形(小脳扁桃下垂)に伴う脊髄空洞症  脊椎側弯症  延髄空洞症

XIII.筋疾患

1.拡張型/肥大型心筋症と筋蛋白異常 〈中村昭則 池田修一〉  227

拡張型心筋症とdystrophin  その他の遺伝子異常により発症する拡張型心筋症  肥大型心筋症と筋蛋白異常  ミトコンドリアDNAの異常と心筋症

2.Dystrophinopathyのその後 〈三池輝久〉  237

ジストロフィン (dy)  DMDとBMD  女性ミオパチー  肢帯型筋ジストロフィー(LGD)  Rimmed Vacuolesを伴うmyopathy (RVM)  先天性筋ジストロフィー  Quadriceps myopathy(QM)  顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー  MyalgiaとCramp  Cardio-myopathy  精神遅滞  考案  これからの課題

3.Congenital muscular dystrophyとlaminin欠損 〈砂田芳秀〉  244

細胞接着装置としてのdystrophin-glycoprotein complex  Lamininの分子構造と機能  dy およびdy2Jマウスにおけるlaminin欠損  laminin欠損による先天性筋ジストロフィー  その他の筋ジストロフィーにおけるlaminin欠損

4.Emery-Dreifuss muscular dystrophyとemerin 〈永野 敦 荒畑喜一〉  255

疾患遺伝子STA遺伝子の同定  STAと遺伝子変異  Emerinの性状と細胞内局在

XIV.自律神経疾患

自律神経検査法 〈田村直俊 島津邦男〉  259

効果臓器の反応性と自律神経機能  血行力学的検査  心臓の自律神経機能検査  皮膚の自律神経機能検査  マイクロニューログラフィ  生化学的・免疫学的検査  その他の自律神経検査

XV.機能性疾患

1.片頭痛の治療 〈坂井文彦〉  271

片頭痛(急性期)治療薬の分類  セロトニンと片頭痛  スマトリプタン 5HT1D作動薬の作用機序  5HT1D作動薬の投与時期  片頭痛急性期治療薬  片頭痛の予防的治療

2.てんかん薬物療法の進歩 〈清野昌一〉  276

新抗てんかん薬の動向  

米で認可された新抗てんかん薬  現在日本,米で治験が行われている抗てんかん薬  新しい抗てんかん薬の臨床的特徴

XVI.小児神経疾患

1.Ataxia telangiectasia と ATM遺伝子 〈近藤直実〉  282

ATの概念と臨床  AT患者由来細胞の生物学的特性  ATの病因遺伝子  ATM遺伝子のノックアウトマウス

2.Menkes病とP-type ATPase 〈青木継稔 山口之利 清水教一〉  288

Menkes病とWilson病とP-type ATPase銅輸送膜蛋白  ヒト銅代謝とP-type ATPase銅輸送膜蛋白  Menkes病の遺伝子とATP-7Aと病態生理

XVII.脳小児外科

水頭症治療の進歩 〈林 隆士〉  295

神経内視鏡手術の適応,限界,合併症  未熟児およびハイリスク児の水頭症の治療  思わぬシャント合併症の対策:シャントチューブのアレルギー  シャント感染の回避策  Lumbo-peritoneal shuntの遠隔成績および合併症の検討  シャント機能不全の発生時期による相違  胎児水頭症の治療計画  苦肉のシャント術  圧可変式弁使用によるシャント機能過剰に基づく合併症の防止  脳室側シャント不全の予防策

XVIII.疫学

Willis動脈輪閉塞症(モヤモヤ病)の疫学 〈福井仁士〉  301

患者の発生頻度,性および年齢分布  家族性発症および病因  症状  診断  治療および予後

索 引   307