■ ■ 花と乙女


クライン王国の中心にそびえる白亜つくりの王宮の、中庭の片隅に小さな温室があることはあまり知られていない事実だ。
だが、中で育てられいる薔薇をひと目でも見れば、持ち主が並々ならぬ情熱と愛情を込めて世話をしていることがわかるだろう。
現在クライン王国は春、真っただ中。
温室の持ち主である長身痩躯の青年は、愛用の麦わら帽子をかぶり、本日も上機嫌で庭仕事に精を出している。これの半分も熱心に本業に力を入れてくれれば・・・とは、同僚・部下全員の嘆くところである。

「あっ、いたいた。シオン!!シオンってばー」
大声で呼びかけられて青年が振りかえると、中庭の向こうから少女がひとり、ばたばたと駆けてくるのが見えた。両手に分厚い本を重そうにかかえているところを見ると王宮書庫の帰りだろう。
いつ見ても走ったりころんだりしてるやつだ。青年は密かに笑いをかみしめる。
さらさらの栗色の髪をなびかせて走ってくるその姿は、元気のよい小犬を思わせた。
「おう、嬢ちゃんか。相変わらず元気そうだな。今日はひとりか?」
「んーん。キールが一緒に来たけど、うるさいから途中でまいちゃった・・・シオンも相変わらず暇そうだね。」
「何をいう。庭師にとってこの季節はいくら時間があっても足りないくらい忙しいもんなんだぜ。」
「ふーん・・・?」
少女はいかがわしいものでも見るような目で青年の風体 ― 足元まで隠れる黒いローブに麦わら帽、手にはスコップと植木鉢 ― を見つめたが、すぐに思い出したようにまくし立て始めた。
「ねぇ、聞いてよ!!キールのやつ、ひどいんだよ!!この本の」
、といって手に持った本の一冊を開き
「ここから、ここまで!!全部来週までに暗記しろってゆーの!!ひどいでしょ!!絶対無理だよね!!」
少女は、憤懣やるかたない、という口調である。
「へええ、ずいぶんしぼられてるな。」
「絶対、横暴!!あいつ、今に見てなさいよ〜。メイ様がいつか、ぎったんぎったんにしてくれるんだから!!」
「そりゃ、楽しみだな。」
突然、ぼそっという低い声がきこえ、苦虫をかみつぶしたような表情の眼鏡の少年が現れた。
「げ!!」
「なにが、げ!!だ。メイ、なにを油を売ってる。帰るぞ。シオン様、お忙しいところこいつがおじゃましたようで。失礼します。」
少年はシオンの返答もまたず、少女を引きずって行こうとする。
「なんだよぅ、キールのけち。たまの王宮なんだから、まだいいじゃんよー。」
「お前を野放しにして、後からいろいろ言われるのは俺なんだよ。」
「わーん!!シオンー、今度その薔薇少し分けてねー・・・いたた、引っ張るなぁ!!わかった、帰るってばー」
少女は少年に引きずられて行ってしまった。

「やれやれ」
残されたシオンはふーっとひとつため息をつくと、誰にともなく一人ごちた。
「仲良きことは・・・か」



クライン王国の中心にそびえる白亜つくりの王宮の、中庭の片隅に小さな温室があることはあまり知られていない事実だ。
だが、中で育てられいる薔薇をひと目でも見れば、持ち主が並々ならぬ情熱と愛情を込めて世話をしていることがわかるだろう。
現在クライン王国は真冬の盛り。
とはいえ、丹精こめた青年の薔薇は、この時期にも真紅に花開き、甘いかおりを放っている。
温室の持ち主である長身痩躯の青年は、本日は黒のスーツの正装である。
彼は選りすぐりの薔薇を惜しげもなく切り取ると、慣れた手つきで花束をつくり、それを片手に温室を出た。
目指す部屋はすぐに見つかった。青年がノックしようとしたとたん、ばたん、と扉が開き、中から派手なわめき声と共に真っ白なものが飛び出してきて彼にぶつかった。
「ばっかやろお!!あっシオン!!」
「メイ・・・か」
「きいてよシオン!!キールのやつってばひどいんだよ!!誓いの言葉が覚えられるまで式は延期だ、とかゆーの!!あんな長ったらしい文句全部覚えてられますかっての。昨日は徹夜で特訓だったんだよ!!」
怒りに顔を真っ赤にしてまくし立てる少女を前に、シオンはしばらく言葉が出てこなかった。少女は真っ白なレース地のミニドレスを着て、白のオーガンジーのサッシュを胸の前でリボンに結んでいる。栗色の髪はいつもどおりにおろして、やはり白のリボンを飾っている。
「あたし寝てないんだからー。睡眠不足で目の下にくまできちゃって・・・」
「いいかげんにしろよ、メイ・・・シオン様、わざわざいらしてくださったんですか?」
メイの後ろから顔を出したキールは、白の礼服に、トレードマークの赤い肩掛け、といういでたちである。
シオンははっと我に返った。いかん、俺としたことが。
「いや、その、きれいで見違えたな。嬢ちゃん、ちゃんと笑ってみせてくれるか。花嫁さんが、しかめ面じゃ台無しだ。ほら。」
花束を差し出す。
「約束の薔薇だ。」
「きれい・・・それに、すごくいいにおい。ありがとう、シオン」
薔薇に顔を寄せて、メイはにっこりと笑った。幸せそうな、その微笑み。
「そうそう、その笑顔・・・俺の秘蔵っ子達も、今日の嬢ちゃんの前では色褪せて見えるな・・・キールも、おめでとう。じゃ、俺は式場の方に行ってるから。」

「やれやれ」
両手をポケットにつっこんで、青年は足早に歩きながら誰にともなく一人ごちた。
「わかっちゃいたんだけどな。」




END.


★Presented by HENNA★1999/01/03★
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