■ ■ The Moon is shining


「じゃ、今日はとっても楽しかったです。また誘ってくださいね。」
「あれ?もう帰っちゃうの?もう一軒行こうよー。」
「アホ。おめーは飲みすぎだっての!」
「こら〜!気安く人の頭たたくな〜!」
にぎやかにやり合う友人二人に、シルフィスはあはは、と笑って言った。
「明日は早番なんです。悪いけど今日は帰ります。」
「しるふぃす〜!帰っちゃやだ〜!」
シルフィスの腕にからまって、すりすりとなつく少女を、もう一人の連れの若者が無理矢理ひきはがす。
「ああもう、この酔っ払いが!俺、こいつを送ってくわ。
もうこんな時間だけど、お前、一人で大丈夫か?」
その台詞に、シルフィスは彼を拳で打つまねをした。
「誰に向かって言ってるの?」
若者は降参、という風に両手をあげて見せ、おどけた口調で言った。
「これは、失礼しました。カストリーズ少尉。」
「いいえ、どういたしまして。ターナ少尉…そうだ。」
シルフィスは、すっと若者の耳に口を寄せて小声でささやいた。
「がんばってくださいね!
…じゃ、ガゼル、メイ、おやすみなさい。」
彼女は二人にひらひらと手を振ってみせると、止める間もなく行ってしまった。

「…なんだってんだ。」
ガゼルはぼそり、とつぶやいて、親友の去った方角を眺めやった。
「なんか、仲良さそうだったじゃん、あんたたち。あやし〜!」
はっと気がつけば、メイがじと目でガゼルをにらんでいる。
「馬鹿、お前…」
ガゼルは声をひそめると、あわててあたりを見回した。


もうそろそろ日付が次の日に変わる時刻で、大広場周辺にも人影はない。
今日は久しぶりに三人の予定が空いたので、馴染みの酒場に集合して飲んでいた。看板がすぎても居座り、店の親父が寝ると言い出してやっと追い出されたのだ。
「昔に比べりゃ、随分立派になったと思っとったが、あんたたちはいつまでたっても悪ガキ三人組だな。」
などと親父に言われ、照れ笑いをする三人だった。


「お前なぁ…ものは気を付けて言えよな。
あいつと怪しいとか噂を流されてみろ、俺は即、前線送りだぜ。あいつに言い寄って悲惨な目にあった奴は大勢いるんだからな。」
ガゼルの表情は、それが決して冗談ではないことを物語っていた。
メイは気楽そうに笑うと言った。
「恋に狂った権力者ほど恐いものはないわねぇ…くわばらくわばら。」
「シルフィスの方は全然気がないみたいだけどな〜。
しかし、あいつが女に分化したってことは…あの二人、案外うまくいってるのかな?」

メイはそれに答えず、突然彼をおいて、広場の方に向かってぱっと駆け出した。
「おいおい…」
慌てて後を追う。彼女とは長いつきあいだが、未だに次の行動が読めないことがある。
広場の中心にある噴水の脇に腰掛けて、メイは水面を熱心に眺めていた。
「ほら、月が映ってる。きれい〜!」
「あんまり近づいて落ちるなよ。」
ガゼルはため息をついて、メイの隣に腰掛けた。
「お前さ。」
「ん?」
「今日はちょっと笑いすぎだったぜ?はしゃぎすぎっていうか。」
「…」
「お前、まさか本当にシルフィスのこと…」
「あ、あたしさ、やっぱ一人で帰れるわ。それじゃ!」
立ち上がりかける少女の両腕を、ガゼルは後ろから捕まえて無理矢理また隣に座らせた。
「こらこら…一人じゃあぶねーよ。ちゃんと送ってやるから。」
「ほっといてよぉ!」
メイはなんとか逃げ出そうとじたばたしたが、意外に力強い腕に捕らえられて身動きできなかった。よく考えてみれば、今の彼は騎士団でも豪剣で知られる猛者なのだ。力で彼女が勝てるはずがない。
「なぁに、へこんでんだよ?」
「むー」
「話せばすっきりするぜ?…言いたくなきゃ言わなくていいけど。」

メイはちょっとの間、むっつりと黙り込んでいたが、また噴水に視線を落とすと、ため息をついて言った。
「あのお月様みたいなものかな…。あんなに奇麗なものがこの世にあるなんて思わなかった。見ていたら欲しくなって、飛び上がって取ろうとしたけど、全然届かなくて。それでもって、うかうかしてたらさ…
まさか、男にとられるとは思わないじゃないか〜!!」
突然のメイの大声に、ガゼルは飛び上がった。
「メイ、声でかい。」
「あたしって世界一不幸な少女〜!」
「はいはい。」
「しかも、あたしよりキレイになっちゃうなんて、あんまりだ〜!」
「そりゃ、前からそうだろ…いたたた…!」
メイに口元をつねられて、ガゼルは悲鳴をあげた。
「そーゆことゆーのは、この口か?ん?」
「あー悪かったから、やめろって!…っとに、すぐ暴力に訴えるもんな〜」
「どうせ、あたしはガサツで粗暴でどうしようもない女ですよ〜だ!」

ガゼルは笑ってポンポンと少女の頭を叩いた。
「まあまあ。確かにその通りだけどさ。」
「なんだと〜!」
振り回された拳を、ガゼルは笑いながらよけた。
「だけど、シルフィスが村に帰らないでここでがんばれたのは、お前のおかげだと思う。
俺らには、やっぱりアンヘルは違うっていう頭があるからさ。お前みたいに気をつかわずに話せる奴がいて助かったと思うぜ。」
「それじゃ、あたしが何にも気がつかない鈍感女みたいじゃん。」
「それは違う。お前は気がついても表に出さないだけだろ。」
さらりとそんなことを言われて、メイはまじまじとガゼルの顔を見た。
「…あたし、そういう風に言われたの、はじめて。」
「そーか?」
「うん…。」
「案外、友達がいのある男だろ、俺って。」
「そう…ね。まぁ、なぐさめてくれようっていう気持ちはもらっとく。
…それにしても、あんたに見破られるとは思わなかったな〜。このメイ様としたことが。あっ!もしかして、あんたって…」
急に言葉を切った少女に、じいっと目を見詰められて、若者はうっすら赤くなった。
「な、なんだよ?」
「あんたもシルフィスのことが好きだったの?」

ごい〜ん…。
いい音がして、少女は自分の頭を押さえてうずくまった。
「いた〜…なんで殴るのよ!?」
「…前言撤回。お前はやっぱり鈍感女だ。」
「どーいう意味?」
「さあてねっ…と。さ、そろそろ行こうぜ。」
ガゼルは立ち上がると、さっさと歩き始めた。メイも慌てて噴水を後にすると、彼の横に並んだ。
「背、のびたね。…なんか、手もでかくなった?」
左手をとって、自分の右手とあわせてみる。
「ねぇ、なんで彼女作らないの?」
「振られてばっかりだもん、俺。」
「あはは、そうだよね〜。見た目はこんなに格好いいのにさ。その小犬みたいな性格、そろそろなんとかしたほうがいいよ?あれ、なんか元気ないね?」
「ほっといてくれ。」

月が微笑んで二人の道行きを照らしていた。


おわり




★Presented by HENNA★1999/02/28★
★ for Ms. Nana@LOVERS ROOM (メイ至上主義ファンクラブ)★




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