高倉寺麗香

 A-1デッキにピースキャリーが到着した。普段エリアルベースに配備されている機体とは違う紫のボディーカラーだ。そのなかからXIGのコンバーツを身につけた5人の集団が降りてきた。女2人、男3人の編成で、普段このエリアルベースでは見かけない紫の肩章をつけたチームだ。そして、そのうち男1人、女1人の胸にはまだXIGのエンブレムがついていなかった。
 女は2人とも化粧っ気がない。1人は少女の様なおかっぱ頭していて、どちらかといえば華奢な身体と、しなやかで細長い繊細な指と、軍人にしてはほっそりとした首の持ち主で、おっとりとした微笑みを浮かべている。もう1人は、少年の様に髪の毛を刈り上げ、そのうえ、茶色に染めている。そして、剣呑そうな表情と肉体を持ち合わせたどちらかと言うと『女をやっていることが間違っている』ような女だ。頭に巻いた赤いバンダナが彼女なりのお洒落らしいが...。
 男3人のうち2人は、軍人らしく身体を鍛えた20代の青年とどちらかと言うと中年にさしかかった男だった。2人とも軍人らしく短髪で、きれいに髭も剃ってある。青年の方は胸ポケットに文庫本と眼鏡が入っているようで、他の隊員よりも少し膨れている。中年のほうは銀縁の眼鏡が光っている。
 最後の1人はまだ少年の様で、あたりをきょろきょろと落ち尽きなく見回している。最近の若者らしく髪は長く(女性隊員たちよりも)、まだ、身体も他の2人の男性隊員に比べると華奢だ。彼の足元には小さなダックスフントが1匹、初めての場所に連れて来られたせいか震えながら寄り添っている。
「リリー...だいじょうぶだよ」
 大事な仲間を彼は抱き上げて頭を撫でた。
 係員が大きなケージを押して5人に近づく。
「お仲間を連れてきましたよ」
 「リリー」を抱いた男がにっこり笑って受け取った。
「ありがとうございます」
 急いでケージの扉を開ける。中から待ちかねたように大きなドイツシェパードが飛び出してきた。
「アル!悪かったな、窮屈な思いさせて」
 彼の名は笹崎恵一...チームローグのNo5で、K9(救助犬)を使ったレスキュー活動が専門だ。笹崎もK9のアルベルト・ハインリッヒ号、リリアンナ・マクレーン号もエリアルベースに上がってくるのは初めてだ。少し興奮ぎみのアルをなだめてリードをつける。リリーはおとなしく、笹崎の足元に「お座り」している。
「落ち着けよ、アル」

「飼い主の興奮が伝染してるんじゃない?」
 年若い同僚をからかう様に声を掛けた頭に赤いバンダナを巻いた隊員...MS地区陥没事件でハーキュリーズとともに活躍した元GUARD陸戦部隊の保永蓮だ。
「蓮、やめなさい。子供をからかうのは」
 蓮をやんわりとたしなめた長身痩躯の青年...名は峰空也。GUARD教育部隊の格闘教官を長く勤めていた男で、XIGには珍しい大学院文学部哲学科を卒業している。
「『先生』、子供はひどいっスよ」
「じゃあ、若人(わこうど)とでもしておきましょうか」
 峰は涼しい顔で言った。ちょっと笹崎は不服そうだ。
「もう候補生じゃないんだから、子供扱いはやめてほしいなぁ。保永さんだって僕より2日早くXIGに昇格したばっかりじゃんか」
 笹崎のぼやきを笑って聞き流して、リーダーらしき女性がおっとりと声をかけた。
「早くコマンダーに挨拶してから自分の持ち場に行きましょう。『先生』のピースキャリー発艦訓練もあることだし」
 残りの一人、長身の中年の男もだまってうなずいている。彼の名は樋口敏...今年40歳になるベテランのスナイパーで、このチームのサブリーダー。そして、ジオベースラボのチーフ・樋口武の実兄にあたる。誰が見てもそっくりの容貌で、ただ一つ、兄の方が軍人らしい体格をしている。
「よぉ、久しぶり!」
 そこへスーツ姿のチームハーキュリーズ・桑原孝信が現われた。今日、ここからダブライナーの定期便で、休暇のために地上に降りる。
 彼は親しげにリーダーの女性に声をかけた。
「あら、桑原君!お留守番チーム到着しましたよ」
 にっこりと桑原に微笑みを返した女性リーダー...チームシーガルだった高倉寺麗香だ。あれから1年...最初、彼女と峰、樋口の3人で始まったチームローグだったが、コマンダーがこの1ヵ月で候補生だった保永蓮、笹崎恵一を昇格させたため、5人という変則チームとして再スタートをきることとなった。そのためにコマンダーが5人に召集を掛けたのだ。まだ、チームローグには、候補生(彼等はXIGカデットと呼ばれていた)が10名ジオベースで訓練に励んでいる。
「1年ぶりじゃないか?上がってくるのは」
 高倉寺麗香がエリアルベースにやってくるのはMS地区事件以来初めての事だった。麗香はぐるりとあたりを見回した。今までにハーキュリーズとシーガルの欠員を埋めるために上がってきたのは、峰と樋口だった。樋口にはスナイパーとしてだけでなく、ピースキャリーの操縦士も任務としていた。
 桑原とはもう二人とも顔見知りだった。樋口は軽く手を挙げ、峰は会釈していた。
「そうね...随分変わったみたいね、人も艦(ふね)も」
 感慨にふけるように言った麗香の背後に隠れるように蓮が近づいてきた。
「桑原さん!」
「お、蓮か?。昇格したのか?」
 麗香の背後から出てきた蓮を見て、桑原は彼女がコンバーツを着ていることに気がついた。
「はぁい!」
 蓮は本当に嬉しそうににっこり笑った。
「同窓会、楽しんで来てくださいね。スティンガーの桑原さんの席には私が座ってますから、心配しないでください」
「そうか?ついでに弾薬運びも頼むよ」
「了解!任せてください。燃料も満タンにしときますから」
「それからおじさんのお守も...」
「一番得意ですよ」
 普段滅多に見たことのない愛想良くにこにこと話す蓮の姿に、笹崎は戸惑いながら峰の脇腹をつついた。
「『先生』...」
「ん?何ですか?」
「保永さん、あんな可愛い声、出せたんですねぇ」
「彼女も女だってことです」
 納得したようなしないような曖昧な表情を浮かべて、笹崎は頷いていた。峰は大真面目な顔をしている。それを見た樋口は笑いを必死で噛殺していた。
「じゃ、桑原隊員、いってらっしゃい」
 麗香はそう言うとメンバーを促し、コマンドルームに急ごうとした。
「高倉寺!」
 桑原は麗香を呼び止めた。麗香はメンバーを先に行かせて立ち止まった。
「何?」
 桑原は少し厳しい顔をして言った。
「今日、神山も一緒なんだ。あいつ、直前にピースキャリーの出動がかかってな。もうすぐ帰ってくるよ」
「私にどうしろって言うの?」
 麗香には珍しく強い語調だった。桑原はすこしたじろいだが、すぐに言葉を続けた。
「あれから神山のこと、避け続けてるだろう?ちゃんと話し合えよ」
「悪いけど、今日は任務でここに来ているの」
 麗香はそれだけ言うと桑原にそれ以上言葉を言わせないかのように走って格納庫を出て行った。...そこへ息を切らせて神山篤志が現われた。彼もスーツに着替えていた。
「ローグが上がって来たんだって!」
 きょろきょろと落ち着かない様子であたりを見回す...まったく神山らしくない。
「ああ」
「麗香は?」
「一足違いだ。コマンダーのところへ行った」
 神山はきびすを返して、麗香を追おうとした。が、桑原ががっちりと腕をつかまえてそれを許さなかった。
「もう、コマンダーに会っている。任務だ」
 神山は桑原を睨みつけた。が、桑原はいつもの人なつっこい笑顔を浮かべていた。
「明日、帰ったら会える。なるべく早い便のタブラナーで帰ろう」
 神山も諦めたような笑顔を浮かべた。そして、ポンと桑原の肩を叩くとダブライナーの発着場は急いだ。桑原はほっとして、後に続いた。
「ローグ、5人編成になったらしい」
「ほぉ」
「笹崎と蓮が昇格した」
「桑原、うれしいか?」
「なんでだ?」
「別に」
 神山は声を立てて笑い、桑原はその真意を測りかねて首を傾げたまま歩いて行った。
「チーム・ローグ!」
 堤チーフに促されて、5人はコマンドルームに入った。一番後ろの笹崎の後ろをおとなしくアルとリリーもついてくる。
 高倉寺麗香リーダーを先頭に全員が整列し、石室章雄コマンダー、千葉辰巳参謀、堤誠一郎チーフに敬礼した。その後ろのコンソールの前に、アナライザーの高山我夢隊員、オペレーターの佐々木敦子隊員、ジョジー・リーランド隊員も、整列し彼等に向かって敬礼している。
 アルとリリーも背筋を延ばして笹崎の隣に控えている。
「チーム・ローグ出頭いたしました」
 落ち着いた柔らかい声で、麗香が言った。それを合図に他の4人が敬礼を解いた。
 コマンダーは黙って頷いていた。千葉参謀が麗香に声を掛けた。
「久しぶりだな、高倉寺リーダー」
「ご無沙汰しております。地上で教育訓練の方に専念しておりましたので」
「地上では爆発物の解体で、警察や民間でもずいぶん実績を上げているようだな」
「いえ、それほどでも」
「神山リーダーが不在では、君しか適任者はいない。無理言ってすまなかったな」
「いいえ、私も前線に出ないわけにいきませんし、今回、特・に峰隊員のピースキャリー離発艦訓練のお許しも出ましたので」
 コマンダーはは一番左端にいた2人の男女の隊員の前に進んだ。
「Welcome to XIG!」
 蓮と笹崎はとっさに敬礼した。コマンダーはよろしいとでも言うように、2人の肩に手を置いた。そして、堤チーフに目で合図をした。
 堤は二人の胸にXIGのエンブレムを各々つけてやった。
「ありがとうございます」
 先に蓮が口を開き、敬礼した。あわてて笹崎がそれに続く。
「これで君たちも名実ともにXIGの隊員だ。その名に恥じない働きを見せてくれ」
「はい!」
 これは2人声をそろえて言った。
「チーフ...その子たちにも」
 笑顔で千葉参謀が促す。堤チーフは真面目くさった顔をしてアルとリリーの前に屈みこんだ。
「お前さんたちも、XIGのチーム・ローグの一員だ」
 2匹の首輪にXIGとチーム・ローグのエンブレムを模したタグをつけてやった。2匹ともわかっているのか何となく誇らしげだ。アルはぐっと胸を前に突き出している。
「ワン!」
 思わずリリーが一声吠えて、尻尾をぶんぶん振っている。ずいぶんうれしそうだ。敦子とジョジーは思わずくすくす笑い出した。我夢も笑顔になって、思わず同じ年ごろの笹崎を見た。笹崎も我夢の方に笑顔を向けていた。自分がエンブレムをもらえたときよりよっぽどうれしそうだ。
「それでは、樋口、笹崎の両名ははカデットの訓練がありますので、これにて帰還させます。他3名は各々の持ち場につかせていただきます」
 さっと、5人はそろって敬礼してコマンドルームを出て行った。リリーとアルもおとなしく出て行く。我夢はちょっと興味を覚えて、5人の後を追った。
「あ、高山先輩!」
 すぐに笹崎恵一が、通路で声を掛けて走りよってきた。2匹の「仲間」も一緒だ。
「初めまして!笹崎恵一です。カデットの時代から先輩の話し伺って、あこがれていました。アルケミースターズで、優秀なアナライザーで、EXのパイロットで...」
 目をきらきらさせてまくしたてる笹崎に我夢は却って赤面してしまった。
「いや、先輩だなんて。僕、君と同い歳位だと思うよ」
「だからですよ!カデットはみんな先輩を目標にしているんですから...まぁ、あの人は違うけど」
 茶髪の女性隊員...我夢は声を聞くまで女性だとは確信が持てなかったが...の方を笹崎がちらりと見ると、その視線に気が付き女性とは思えない颯爽とした足取りで2人の方に近寄ってきた。さっと右手を差し出して言う。
「高山さんですね。初めまして、保永蓮です」
「あ、どうも...」
 あまりに自然な動作に我夢の方がちょっと驚いてしまった。差し出された右手を握り返すと、その手は思ったよりも小さかったが良く鍛えられた戦士の手をしていた。
「保永さんはハーキュリーズに入って戦車乗りになるのが夢なんですよ」
 笹崎が我夢の耳許でささやいた。
「蓮、高山さんにその態度は失礼よ。あなたにとっては上官なのだから」
 落ち着いた女性らしいコントラルトだった。我夢が目を上げるとふんわりとしたやさしい笑顔が彼を見ていた。
「失礼しました」
 蓮はすっと手を引くと、そのまま敬礼した。だが、その目はいたずらをした子供の様なきらきらとした光をたたえていた。
「いや、別に僕...」
 我夢はどう反応したら良いものかわからなくてもじもじしていたら、そのリーダーらしき女性が近づいてきた。
「チーム・ローグリーダー、高倉寺麗香です。はじめまして」
「は、はじめまして」
 すっとしなやかな手が額に添えられる...我夢はその優雅な敬礼に暫し見とれていた。XIGに我夢が美しいと思う女性は沢山いたが、その誰にも似ていない清楚な美しさを持った人だった。そして、この軍事組織にふさわしくない優しい雰囲気。一目で彼はこの女性リーダーに魅了されていた。
「我夢、いや、ここでは高山さんと呼ぶべきかな」
 麗香に見とれていた我夢を現実に戻す声がした...峰空也、格闘教官、高山我夢もその生徒の一人だ。
「あ、『先生』!」
 我夢はちょっと苦手な相手がやってきたので、その場を逃げたい気持ちだったが、笹崎がまだ笑顔で我夢の事を見つめている。格好の悪いことはしたくない。
「今日は、自分の離発着訓練がありますから、稽古をつけられませんが、次回はまた宜しく」
「は、はい!」
 声がひっくり返っていた。その後ろから、どこかで見たような眼鏡の笑顔が近づいてきた。
「高山さん、いつも弟がお世話になってます」
「い、いえっ!こちらこそ」
 ジオベースラボの樋口武の兄、樋口敏だ。
「自分はジオピースキャリーの整備につきあいますのでこれで」
 樋口兄は軽く手を上げると、ピースキャリーの格納庫にむかって大股でゆっくりと歩いていった。
「あ、どうも」
「では、自分も訓練に向かいます」
「あっ、あっ、はい」
 姿勢の良い峰の敬礼につられて、我夢もぴしっと姿勢を正して敬礼を返していた。
「さて、高山さん」
 樋口と峰を見送った後、さっきのいたずらを企む子供の様な目をした、保永蓮が我夢に声を掛けてきた。
「自分はエリアルベース、初めてなんですけど、スティンガーの格納庫をご案内いただけません?ハーキュリーズの皆さんと親しい様子ですし。志摩さんから、よくお話し伺ってますから」
「え?」
「恵一、まだ、帰るまで時間があるでしょ!あんたもいらっしゃい!」
 蓮は両手に我夢と笹崎の手を握るとどんどん通路を歩いていく。なんだか楽しそうにリリーとアルもついていく。
「リーダーも行きましょうよ!」
 蓮は麗香にも声を掛けた。仕方ないわね...と苦笑して、麗香もその後について行った。

 

 午後3時発のダブライナーは、満席だった。ちょうど午後4時半にジオベースに到着するので、休暇で地上に降りるものにとっては都合の良い便なのだ。
 神山と桑原もそんな中の一人だった。二人は窓際に陣取り、隣同士に座った。桑原は久しぶりの休暇に楽しげな様子だったが、神山は何か心ここにあらずという様子だった。桑原が話し掛けても上の空だ。
(高倉寺のこと、考えているんだろうな)
 桑原にはわかっていた。あれから1年近くたっても、神山の心の中に高倉寺麗香は住んでいることを。
 桑原は窓の外の夕焼けを見ていた。あの日の事を桑原は思い出していた。

 ちょうど地下のバックドラフトが起こったとき、桑原は堤チーフの命令で、救助本部へ伝令に走っている所だった。突然、無線の状態が悪くなり、本部との連絡がとれなくなり、堤は何か悪い予感がするといって桑原を本部へ向かわせたのだった。
 ガレキの山を乗り越え、徒歩で本部へ向かっている途中に『それ』は起きた。
 まるで大地震でも起きたような地鳴りと揺れ、桑原は立っているのがやっとだった。だが、倒壊しかけた建物がまた崩れ落ちそうになっている。桑原は転がるようにガレキの下敷きになるのを避けた。
(何が起きたんだ!)
 堤の悪い予感と言うのはこのことだったのだろうか?XIGナビで堤や吉田を呼び出そうとしても、電波状態の悪さは変わらなかった。
 とにかく本部につけば何か判るかも知れない。桑原は、慎重にだがガレキの山を小走りに急いだ。
「桑原さん!」
 しばらく走った所で、桑原は低い女の声に呼び止められた。さっき一緒に地下街への入り口を確保したGUARD地上部隊の保永蓮だ。蓮は自分のオフロードバイクにまたがっていた。
「本部と連絡が...」
「俺もそれで行くところだ」
 蓮がさっと自分の後ろを指差した。桑原は一瞬、自分とこの女性隊員の体重差が気になったが、勧められるままにタンデムシートにまたがった。
「行きますよ!」
 ちょっと前輪がウィリー気味に上がりかけたが、XIGスピーダーのテストライダーを務めているだけあって、上手くそれを抑えつけるように走り出した。
 途中何箇所か、桑原が後押しをしないと乗り越えられないガレキの山があったが、それでも歩くより何倍も早く救助本部にたどりついた。  
 救助本部は被災者でごった返していた。救護隊員たちが忙しく立ち働いている。しかし、レスキュー隊員たちの姿が見えない。
「沢村隊長は?」

 桑原は救護隊員を一人呼び止めた。彼は手を休めることなく答えた。
「地下街で原因不明の爆発事故が起きて、行方不明になられてます」
「なんだと!他の隊員は?」
「さきほど、高倉寺隊員が被災者を6名救出して...。その他は」
「どうなったんだ!」
「また、捜索に向かわれました」
「あの...」
 手当を受けていた男が桑原に話しかけてきた。服装から見て、地下街の警備員に違いない。
「突然、天井から何かが落ちてくるような音がして、大爆発が起こったんです。女の隊員の方だけが助かって」
「その隊員は?」
「私たちをここまで連れてくると、他の方を助けると行って、戻って行かれました」
 まさか、あの神山が、幾度もレスキューの修羅場をかいくぐってきた神山が、単純な崩落事故に巻込まれるとは...。桑原は旧友の安否を気づかった。
「桑原さん!」
 蓮が走りよった。
「笹崎隊員がいない!。あの子、待機を命じられたはずなのに!」
 二人は顔を見合わせた。
 突然、蓮はポケットから真っ赤なバンダナを取り出して、きりりと頭に巻くと、そばにあった防火服を着込み始めた。
「保永!」
 驚く桑原に構わず蓮は、ジェクターガンに冷凍弾を挿顛し、予備のカートリッジをポケットにつめだした。
「なにするつもりだ」
 蓮は手を休めずに今度は消火弾ランチャーに消火弾を挿填し始めた。
「一人でも多ければ、素人でも何か役に立つはずよ」
「ジェクターガンなんて持って何を?」
「桑原さん、爆発って何で起きたと思います?」
 蓮は桑原にそう言ったが、顔は心配そうに近寄ってきた父親の昇次郎の方を見ていた。桑原も昇次郎の顔を見た。昇次郎は頷いて言った。
「おそらく、不発弾だろう」
 桑原は志摩の祖父の話しを思い出していた。蓮も言った。
「おじいちゃんからずいぶん聞かされた。この辺に雨みたいに爆弾が降ってきたって」
「不発弾は冷凍すれば...」
 桑原はそれ以上何も言わず、蓮と同じ様に防火服を着込み始めた。そして、堤や吉田に連絡をとろうとしたが、電波状況はまだ悪いままで通信できない。勿論、麗香や神山とも連絡できない。
 二人は防火服に防護マスク、エアボンベを背負い、ジェクターガンの他に消火弾ランチャーとガス感知器と中和剤を装備した。お互いの装備を神山と麗香がするように点検しあう。
 桑原は自分の恋人と危険に赴く神山はこんなとき、何を考えているのだろうと思った。 正直言ってさっき知り合ったばかりの女の子と二人だけで、なれないことをすることに不安がないと言ったらうそになる。だが、この「女の子」はGUARDの陸戦の隊員として、かなり優秀な部類に入ることが、この短い時間でもわかってきた。ハーキュリーズと一緒に肉体労働をこなす体力、この悪路を走り抜いたバイクの操作力、ジェクターガンの扱いを見ても、射撃の腕も悪くないと思う。そして、この決断力と度胸の良さ...今の自分の力になってくれるに違いない。
 神山もこうして、いやこれ以上に麗香のことを信頼していたのだ、きっと...。
「保永、ヘルメットは?」
 私服のままの蓮はバイク用のフルフェイスのヘルメットしか持っていなかった。それをかぶったら防護マスクがつけられない。
「ここにちょうど良いのがないし、もともとあんまり好きじゃないんです。メットって」
 本当は規則違反だがないものは仕方ない。桑原は黙認することにした。
(神山は絶対ゆるさんだろうな・・・高倉寺がこんなことしたら。まあ、高倉寺がこんなことしないだろうが)
 桑原と蓮はもう一度昇次郎から地下構造の説明を受けてから出発した。昇次郎は心配そうに娘を見送っていたが、なにも言うことはなかった。
 桑原はもう一度ナビを使って見たが、誰とも連絡が取れない。エリアルベースとも連絡が取れなくなっていた。
 どちらともなく二人は救助本部をあとにして歩き始めていた。
 蓮は桑原が手を貸すことまでもなく、ガレキの山を身軽に乗り越えて行った。
「桑原さん」
 蓮が桑原に声をかけた。爆発のあった地下街の入口が見えたのだ。
 恐らく麗香がここを通って被災者を外に出し、また、ここから神山たちを捜索しに入って行ったに違いない。
 蓮はすぐにガス感知器を取り出すと、入口付近を調査した。
「大丈夫です」
「行くぞ」
 桑原は冷凍弾を挿填したジェクターガンと消火弾ランチャーを構えた。蓮が感知器とガス中和剤を持ち、先に地下街に入って行った。桑原はそれに続く。
 爆発のおかげで自家発電が止まり、灯りはついていなかった。二人は頭の横につけたライトに点灯した。
「ただの爆発ではなかったようですね」
 蓮が口を開いた。すべてが一方方向に吹き飛ばされ、その上を炎が猛烈な勢いで通って行った様だ。
(バックドラフト...神山から聞いたことがある)
 火災の中で一番恐ろしい現象だと何かの折に聞いたことがあった。
 そして、二人は一番見たくはない無いものを見てしまった。
 ...黒焦げの死体。防護マスクと防火服が爆風で飛ばされてしまった様だ。ヘルメットから、GUARDレスキューの隊員の一人だと言うことはわかったが、もう、顔が判らない。
 桑原は小さく蓮が震えているのに気が付いた。やはり女はと思いかけたとき、彼女は恐る恐るだが、死体に近づき、ヘルメットの番号とドックタグを確認していた。
「GUARDレスキューの田中隊員です...。心音停止、呼吸停止。蘇生処置しますか?」
「無駄だろう」
 ヘルメット部分を残して、全身黒焦げになっている。
(まさか神山も?)
 桑原の頭に最悪の状況が横切った。蓮は田中隊員の遺体に一礼すると、桑原の許に戻ってきた。二人は無言のまま先に進んだ。
 そのあとは、バックドラフトの傷跡があちらこちらにのこる廃虚だけが続いていた。幸い死体はそのあとは無かった。もしかすると麗香の他に生き残った隊員がいるかもしれない。そんな考えが二人の頭をよぎった。
 そのとき...、桑原と蓮の耳にあえぐような女の声が聞こえてきた。
「1、2、3...、1、2、3...」
「高倉寺だ!」
 麗香が誰かに蘇生術を施しているようだ。桑原は思わず走り出していた。蓮もそれに続く。
「高倉寺!」
「高倉寺さん!」
 二人は大声で呼びかけていた。蓮はもちろんガス感知器に目をやっていたし、桑原はジェクターガンを構えたままだ。
 しかし、高倉寺の声が3分ほどで跡絶え、そのあと、すすり泣く声が聞こえてきた。
「まさか!」
 桑原の頭に旧友の最悪の事態が横切った。...麗香が泣いている。
「高倉寺!」
 ガレキの山の間のくぼみになったような所に高倉寺麗香はいた。そして、そこには神山篤志が横たわっていた。
 桑原は呆然と立ち尽くしてしまった。そのあとからやってきた蓮もこの光景を見て、言葉をなくしている。
 桑原の呼びかけに気が付き、麗香が顔を上げた。煤と涙でぐしゃぐしゃだ。
 桑原は麗香の許にガレキの山の上から滑りおりた。蓮もそれに続く。
「神山...」
「さっき、一度だけ意識を取り戻したけど、すぐにまた...。でも、大丈夫。心音は戻ったし、自発呼吸もしている。でも、全身打撲が酷いわ。鎖骨と右足も折れているようだし」
 精も根も付き果てた言う様子で、麗香はかすれた声で言った。彼女も倒れそうだ。
 神山はさっきの田中とは違って炎には襲われなかったようだ。このくぼみに落ち込んで難を逃れたに違いない。だが、爆風に吹き飛ばされて重傷を負った上に意識をなくしている。
 麗香はふらふらと立ち上がって言った。
「桑原君、頼みがあるんだけど」
「なんだ?」
「肩、入れてくれない。はずれてるみたい」
 桑原と蓮は驚いた。2人とも気が付かなかったが、麗香の左腕はブラブラと肩から垂れ下がった状態になっていた。...こんな状態で神山に蘇生術を施していたとは。桑原は麗香の意思と神山への愛情の強さを思い知らされた。
「高倉寺さん」
 蓮が口を開いた。
「救助本部で本職に手当してもらった方がいいと思います」
 桑原もそうだと思い頷いたが、麗香は首を横に振った。
「桑原君、篤志を救助本部まで連れて行って...。私、沢村隊長を探さなくちゃ。篤志が一番心配している人だから」
(こいつが一番心配しているのはお前のことなんだぞ!)
 桑原は怒鳴ってやりたい心境だったが、麗香の涙に潤んだそれでも強い意思をたたえた瞳を見たら何も言えなくなっていた。蓮は桑原と麗香の顔を見比べていたが、何となく2人の気持ちを理解したようだ。
「分かった」
 桑原は麗香を横にすると、蓮をその上に乗せて手足を動けないように抑えつけさせた。
「一度でいくからな...痛かったら声をあげろ、そのほうが我慢できる」
 桑原は肩の関節の位置をしっかりと確かめて、蓮に押さえさせた。
「絶対に動かすなよ」
 蓮は黙って頷いた。麗香は目をつぶっていた。
 ...なんの予告もなしに、桑原は足で踏みつけるように麗香の肩関節を填めた。
 蓮はグキッと言う音と、小さな麗香の声にならないうめきを聞いたが、それだけだった。すぐに麗香は起き上がると右手で左肩をしばらく押さえていた。
「だいじょうぶですか?」
 思わず蓮が声をかけた。麗香は何も言わなかったが、蓮に微笑んだ。
 そして、立ち上がると桑原に言った。
「早く、神山リーダーを救助本部へ...。自発呼吸しているけど、まだまだ、安心できないから」
 桑原は頷くと神山を肩に担ぎ上げた。麗香はそれを見る踵を返して奥へ進もうとしたが、よろめいたかと思うとガックリと膝をついた。
「高倉寺さん!」
 慌てて蓮が駆け寄る。痛めていない右肩を抱え上げるように助け起こす。
「一度、救助本部に帰還しましょう。もう少し応援を連れてこないと...」
「でも!」
 麗香は蓮の腕を振りほどこうとする。
「保永!連れてこい!」
 珍しく桑原が怒鳴った。何があったか知らないが、麗香が意固地になっていることは分かる。下手をすると二次遭難する恐れがあることを桑原にも予想がついた。

 蓮はしっかりと麗香の胴体を支えると、桑原の方に向かって歩き始めた。最初は引きずられる様になっていた麗香だが、やがて諦めたように蓮と一緒にゆっくりと歩き始めた。
 桑原はそれを見届けると、神山を肩に担いだまま歩き始めた。すると、うめき声とともに神山が意識を取り戻したようだ。
「桑原...」
 ひどくかすれた弱々しい声だった。
「しゃべるな!」
 声を出すだけで、神山の体力は消耗する。桑原はそう思い、低い声で言った。
 後ろから、麗香のすすり泣く声が聞こえてくる。
 昔から、よく泣く女だった。訓練生時代も泣きながら、桑原と神山の後をついてきた。名簿の順が『くわばら、こうそうじ、こうやま』だったから、よくチームを組まされたものだった。最初、桑原も神山も、麗香はすぐに脱落するだろうと思っていた。だが、おっとりとした見かけに因らず負けず嫌いで、泣くのも大体が苦しかったり、悲しかったりして泣くのではなく、悔しくて泣くのだった。...それが、分かってきたとき、桑原と神山は麗香を仲間と認め、そして、神山は麗香と恋に落ちた。
 そうなってからも、麗香は桑原にとって、親友の一人であり、仲間の一人であった。ただ、一つ変わったことは非番のときになるべく二人きりにしてやろうと思ったこと位だった。
 今、麗香はなぜ泣いているのだろうか...自分の力のいたらなさを悔しがっているのか?自分の恋人が生死の境をさまよっていることが悲しいのか?桑原には判らなかった。
 神山はまた意識を失ったようだ。桑原も、麗香も、蓮も何も話さずに救助本部まで、たどり着いた。
「桑原!お前、なにやってたんだ!」
 伝令に走った桑原がいつまでも戻ってこないので、ハーキュリーズの吉田リーダーと志摩、そして、堤チーフが救助本部に戻ってきていた。桑原の姿を見かけると吉田は怒鳴りながら走りよってきた。しかし、桑原が神山を肩に担いできたのを見ると、言葉をなくしていた。
 桑原は言い訳もせず、医療テントにまっすぐに向かい、医師に神山を託した。麗香と蓮がそれに続いていく。
 呆然とそれを見送った後、はっと気が付いたようにあわてて吉田と志摩、そして、堤もその中に入っていった。
「全身打撲に、左鎖骨骨折、右下脚複雑骨折...頭部の打撲も気になりますね」
 医療テントの中の診療台に神山は横たえられていた。医師のすぐ横に心配そうな麗香の顔が見える。麗香も傷だらけで煤だらけで、涙のあとが幾筋もみえていた。まだ、新たな涙があふれそうになっている。その彼女を支えるように防火服を来たままの保永蓮がいる。そして、その反対側に桑原が親友の容態を無言で見守っていた。
 その時、神山の意識がまた戻ったようだった。
「神山...」
 桑原が声を掛ける。しかし、神山にはその声は聞こえていない様だった。何かを探して必死に目を動かしている。打撲がひどくて、頭さえも動かせないようだ。そして、その目の止まった先には、彼の最愛の女性が立っていた。
 神山は必死に何かをしようかと思っているようだった。桑原は何をしたいのか聞こうと思ったとき、蓮が麗香を手を取って神山に握らせてやろうとした。神山は動かない身体で手を延ばそうとしていたのだ。
 だが、麗香は蓮の手を振りほどいた。桑原も蓮も驚いて麗香の顔を見た。麗香はひどく悲しそうな顔をして神山を見るばかりだった。
 蓮は桑原の顔を見た。蓮の目は言っていた。
(どうしたらいい?)
 おそらく、麗香は自分を許せなかったに違いない。彼女は助かり、神山はこうして生死の境をさまよっている。仲間も失った...麗香らしい責任感だと桑原は思った。ここは麗香の気持ちが大切だ。桑原が首を横に振ると、蓮はわかったとでも言うように頷いていた。
 医師の判断で神山は病院へヘリで搬送されることとなった。そして、すこしでも苦痛を和らげるために沈静剤が打たれた。神山の意識が薄れていく。麗香は恋人がヘリの中に入るのを見送っていた。とても悲しげな表情で...。
 その姿を桑原と蓮は後ろから見守っていた。重たい沈黙に耐えかねたのか蓮が口を開いた。
「恋人同士なんですね」
「わかったか?」
「あの様子を見ればね」
「そうか...」
「なんだか...」
「ん?」
「胸が痛い...私まで」
 桑原は思わず蓮の顔を見た。意外なことに、少し涙ぐんだような潤んだ瞳をしている。

(俺もだ)
 この言葉さえ、桑原は口にできなかった。頷くのが精一杯だった。  神山を乗せたヘリが見えなくなるまで、麗香は動かなかった。そして、桑原と蓮のところに戻ってきた。
「行かなくちゃ...」
 麗香はそうつぶやくと、出てきた地下街のほうへ歩き始めた。
「高倉寺!」
 慌てて桑原と蓮が後を追う。そして、つかまえた。
「どこへ行くつもりなんだ!」
「沢村隊長を探さなくちゃ」
 麗香の表情は厳しい切羽詰まったものだった。驚いてつかまえた手の力のゆるんだ桑原を振りほどき、麗香はどんどんと前を進んでいく。
「待て!」
 桑原と蓮が飛びつく様につかまえた。
「せめて、怪我の手当をして行ってくれ。神山だって...」
「あの人が心配なのは隊長なのよ!...私はそれを」
 麗香は二人を振り解こうとして暴れた。しかし、桑原の太い腕がそれを許さなかった。そして、蓮が麗香の両手を握った。
「今のあなたがしなければならないことは、怪我の手当です。それから、あなたの助けを待っている人のところへ行くことです。それが誰であっても...。今、レスキューの指揮をとれるのは高倉寺さん、あなただけですから」
 蓮は低い落ち着いた声で言った。却って今日会ったばかりの蓮の方が、冷静な意見を言い、また、それを麗香が受け入れ易かったのかもしれない。麗香の力が抜けた。
 蓮が麗香を医療テントへ連れていく。桑原はそれを見送っていた。
「桑原!」
 堤が麗香が離れるのを待って、声を掛けてきた。
「これから自分が沢村隊長に替わってここの指揮をとる。...エリアルベースと連絡がとれんので、自分の独断だがな」
「はい」
「お前は高倉寺のアシストに入ってくれ。保永もつけるが、どうもあの娘は危なっかしい」
「了解」
 桑原は、保永蓮という娘が見かけ通りの性格には思えなかった。『危なっかしいし娘』には思えない。そして、自分にとって『やりにくい』相手ではないのは確かだ。一緒に行動しても、『女の子』として意識しなくてすむ点もいい。だが、さっき神山を見送る麗香を見る潤んだ瞳に彼女の中に残る『女』を見た様な気もする桑原だった。
 肩から左腕を吊った状態で麗香が戻ってきた。そばに蓮がついている。堤はさっき桑原に言ったことと同じ事を二人に伝えた。ただし、蓮が『危なっかしい』ということを除いて...。2人はサッと敬礼で答えた。
「3人はもう一度、地下街の遭難者の探索にあたってくれ」
 堤は麗香の装備をもう一度整えさせ、蓮にサイズのあったヘルメットを渡した。蓮はちょっと不服そうな顔をして桑原の方を見たが、桑原は知らん顔をした。
「おお〜い、蓮坊!」

 装備を整え直した蓮の許に志摩が走りよってきた。
「あんまり無理はしなさんなよ...お前さんに何かあったら、俺は凱になんて...」
「志摩さん、大丈夫。私は高倉寺さんの助けをするだけだし、桑原さんもいるから」
 蓮は笑いながら桑原の顔を見ていた。桑原は嫌な予感がした。...鬼瓦のような志摩の顔が桑原の顔の前に突き出された。
「桑原〜!」
「何ですか?」
 言いたいことは判っていたが、わざと知らない振りをした。

「蓮坊に何か合ってみろ!承知しな...」
「桑原君!行くわよ!」
 志摩の言葉が終わらないうちに、麗香が声を掛けてきた。蓮も一緒だ。
「じゃ、呼んでますから」
「おい、こら、人の話しを最後まで...」
 聞こえない振りで桑原は装備を手に取り2人の後を追った。
 蓮は志摩の方を見て苦笑していたが、麗香の表情は何の変化もなかった。厳しい表情でこれから進んでいく地下街の入口の方を見据えている。腕の利かない麗香の代わりに何か蓮が大きな装備品を抱えている。
「何だ?」
「ポータブルの生命反応感知装置...これがあれば神山リーダーみたいにどこかに落ち込んでいても見つけられる。私たち素人でもね」
「持ってやろうか?」
「大丈夫。それより、高倉寺さん方を頼みます」
「了解」
 桑原は、あの感情豊かな麗香が今の志摩の様子に眉一つ動かさなかったことが心配になっていた。このまま任務に復帰させるのは大丈夫だろうか?
「行きましょう」
 麗香が先頭に立って歩き出した。桑原は麗香と装備の重い蓮を気にしながらそれに続いた。...麗香は自分で話すことは無かった。レスキューが専門ではない桑原がこれからについて打ち合わせめいた話しをすると返事はしたが...。蓮は何も話さず黙々と歩いていた。だが、2人に遅れることはなかった。
「保永隊員...」
 麗香は地下街の入り口を入ったところで、蓮に生命反応感知装置にスイッチを入れさせた。そして、自分は一番軽いガス感知器を右手に持ち、消火弾ランチャーと中和剤は桑原に任せた。桑原はヘルメットのライトをつけると同時に本部の堤に連絡を取ろうとしたが、まだ、無線が回復していない。あたりを夕闇がせまりつつあった。
 3人は慎重に地下街に入って行った。さっき桑原と蓮が死亡を確認した田中隊員の他にあと5人が取り残されている。
「神山にしても、田中隊員にしてもとんでもない方向に吹っ飛ばされていたんだ。きっと高倉寺が考えてもいないところでみんな助けをまってるよ」
 あまりに厳しい顔をしている麗香に桑原が話しかけた。
「判っている...でも、気安めを言わないで」
 麗香の顔が少し苦痛に歪んだとき、蓮が大声を上げた。
「誰か!誰かいる!」
「どこだ!」
「あのがれきの下!」
 蓮が指差したのは、壁や柱のコンクリートが崩れ落ちて山になっているところだった。
 麗香の指示の通り、桑原と蓮はガレキを退けていった。5分程で人の頭が現れた。
「山口隊員」
 麗香が名を呼ぶ。その声を聞き、山口隊員がうっすらと目を開いた。
「高倉寺...さん?」
 弱々しい声だったが、麗香の姿を認めての反応だった。桑原は急いで埋っている他の部分を掘り出しにかかり、蓮は天井が落ちている場所から信号弾を打ち上げた。...応援が必要な時はこうすると堤チーフと打ち合わせをしてあったのだ。すぐに蓮は桑原の手伝いに回った。
「高倉寺さん...大丈夫...だったんですね」
「腕がこんなだけどね」
 麗香は山口の手を握り、はげまし続けた。桑原と蓮が協力して最後に山口の上にのしかかったコンクリートの柱を退けた時...、2人は息を呑んで麗香の顔を見た。山口の両下脚は腿のところから、千切られるように切断されていた。...山口はこの激烈な痛みによって意識が朦朧としているのだろう。
 麗香は冷静に対処していった。まずは山口につかれているだろうからと下脚のことは言わずに鎮静剤を注射した。そして、山口が眠るのを確認してから応急手当をした。不幸中の幸いと言うか、コンクリートの柱が強く圧迫していた為に止血は出来ていたのだ。おそらく命は助かるだろう。...不自由な身体にはなるが。
 応援要員がやってきて山口を救助本部へ連れ帰った。そして、一人の生存者の発見の報をうけ、堤は地下街の遭難したレスキュー隊員の救援の為に応援要員を増員した。
 麗香と桑原、麗香は次々と生存者を3名発見した。ただ、3人とも無事とは言えない状況だった。一人は失明、一人は右腕を失い、残りの一人は骨盤を粉砕骨折...おそらく腎臓にダメージを受けているだろう。
 麗香は一人一人に優しい声をかけ、手を握り、笑顔を見せた。そして、見送った後、静かに涙を流していた。桑原は気丈にふるまう麗香を痛々しく思ったが、それを口に出すことは出来なかった。

 そして...、その3人を発見した後、生命反応はなくなってしまった。麗香、桑原、蓮の3人はくまなく地下街を探査して廻ったが、蓮の担いだ探知器には反応がない。
 また、麗香の表情が曇る。桑原が撤収を提案しようと思ったとき...。
 急に麗香が走り出した。そして、倒れた鉄の防火扉の前で跪いた。桑原と蓮が追いついたとき、麗香は防火扉の下から出ている手を握り締めていた。
 蓮は探知器をその扉付近で作動させたが、何の反応もなかった。桑原は麗香の握っていた手を放させようとした。が、麗香は首を振って言った。
「桑原君、これ、持ち上げて」
 桑原の力をもってもこの鉄製の扉はびくともしなかった。蓮か手助けしても同じだ。
 蓮がどこからかちぎれた鉄骨を見つけてきた。桑原はそれを扉の下に差し込み力一杯引き上げた。そして、蓮がその下に横たわった人物を引っぱり出した。
「沢村隊長!」
 最後の一人は助けることは出来なかった...。麗香は沢村隊長の遺体にすがりついて、号泣している。桑原と蓮は黙って見守るしかなかった。

 沢村隊長の遺体が収容されたあと、もう一度麗香は、蓮に地下街の探査をさせた。そして、誰も居残っていないことを確認してから、この地下街をあとにした。
 3人が地上に上がったとき...、もう日は暮れていた。地上の灯りが乏しくなった為か、星空がいやにきれいに見えると桑原は思った。蓮も一瞬星空を見上げて何か言おうかとしたが、麗香の顔を見てやめた。麗香は感情と言うものをどこかに置いて来たかのようになっていた。周りの風景が変ったことも、そばに誰がいるかということも、彼女には関心のないことのように思えた。
 災害救助本部で堤チーフに麗香は、4名救出、2名遺体発見の一部始終を報告した。プロとしての冷静な仕事ぶりだった。
「ご苦労...少し休憩しろ。まだまだ、君を待っている人間はたくさんいるんだぞ」
 その頃、桑原と蓮は救助本部のテント内で、炊き出しの握り飯と豚汁にかぶりついていた。そのそばで志摩がお盆を手にウロウロと蓮の世話を焼いている。
「蓮坊、沢庵、食うか?お茶は...」
「大丈夫です」
 蓮の前にはうず高く握り飯と漬物が積まれ、豚汁とお茶が並んでいる。蓮はちょっと困ったような顔をして桑原の方を見た。
「志摩さん、ゆっくり食わせてくださいよ。消化に良くないですよぉ」
 桑原が懇願するように言うと、志摩が目を三角にしてにらみつける。
「桑原ァ〜!俺の親友の妹がこんなに泥だらけになって帰ってきたんだぞ!凱がここにいたらなぁ...」
「コラ!志摩ぁ!何、油売っているんだ!俺たちの飯はもう終わっているんだぞ!!」
 志摩は吉田リーダーの怒鳴り声にぴくりと反応して、そそくさとテントを出て行った。...まだ、蓮の方を名残り惜しそうに見ながら。
「高倉寺さん、来ないのかな」
 志摩が出て行ってから、ぽつりと蓮が言った。
「飯を食う心境じゃないんだろうな」 (また、泣いているんじゃないだろうな)
 桑原は訓練生時代に神山や自分に隠れてよく泣いていた麗香の姿を思い出していた。そばにあった握り飯と飲み物を持って桑原は立ち上がった。蓮はハンドライトを抱えてそれに続いた。
 二人は、麗香がレスキュー隊が遭難した地下街の入口の見えるガレキの山の上にいるのを見つけた。桑原が思ったのとは違い、涙はながしていなかった。だが、瞬きもせずにじっと同じ方向を見続ける彼女の姿は痛々しいものだった。
「高倉寺...」
 桑原が声をかけ、蓮が彼女の姿をライトで照らしても振り返ることはなかった。
「高...」
「シッ!」
 続けて声を掛けようとした桑原を急に振り向いた麗香は人さし指を口にあてて制した。何か音を聞きつけたようだ。桑原も耳を澄ました。蓮も緊張した表情を見せている。
「...アル...」
 弱々しい若い男の声が聞こえる。
「笹崎君!」
 蓮が叫んだ!。神山の衝撃的な救出に気を取られて、若いK9隊員の事を桑原と蓮は忘れていた。待機を命じられていたのに本部にいなかったのだ。まさかあのバックドラフトに捲き込まれていたのか?
 麗香の顔が急にレスキューとしてのプロの表情に戻った。
「桑原君!保永隊員!一緒に来て!」
 3人はガレキの山を滑るように駆け降り、声の方向に急いだ。蓮が持ったライトが笹崎恵一の姿を探す。
「笹崎隊員!」
「笹崎!」
 麗香と桑原が呼びかける。しばらくして、その声に反応があった。
「高倉寺隊員!こっちです!」
 半分泣き声の様な声だ。蓮のライトが泥だらけの笹崎の顔を照らす。何か必死の形相でガレキを退けている様子だ。
「アルが...」
 アゥ〜...笹崎の相棒の悲しげな鳴き声がガレキの下から聞こえてきた。
「誰も...誰も手伝ってくれないんです!。もう、アル、6時間もこのままなんですよ!」
 今にも泣き出しそうな様子でまくしたてる笹崎の肩に、麗香はそっと手を置いた。
「ご主人が落ち着かなくちゃ」
 その顔はいつもの冷静な麗香に戻っていた。優しい笑顔さえ浮かべている。そして、蓮にアルが埋っている辺りを照らさせる。蓮はライトを肩に担ぐようにして、ガレキを片手で避けながら正確な位置を探り当てた。
「これがどけられないんだね、笹崎くん!」
 蓮が言うとおり、アルの声がする辺りに大きな鉄筋の入ったコンクリートの柱が横たわっていた。桑原はニヤリと笑って麗香の方を見た。
「桑原君、頼むわ」
「了解!でもな、笹崎」
 桑原は準備体操をするように首を回し、肩と手首を回しながら笹崎に言った。
「お前、これくらい一人で持ち上げられなきゃ、立派なXIGの隊員になれんぞ!」
 桑原の逞しい太い腕が柱の下に差し込まれた。
「うぉ〜!!」
 気合い一閃!桑原はコンクリートの柱を肩の高さまで持ち上げると、そのまま放り投げるように退かした。そこから、大きなジャーマンシェパードが飛び出してきて、涙で顔がぐしゃぐしゃになったご主人に飛びついた。
「アル〜!」
 アルに体当りされ、笹崎はひっくり返った。アルはその上に乗っかって、ペロペロと顔を舐めている。
「ありがとうございます。誰もアルのこと、後回しだって言って...」
「高倉寺さんが気が付かなかったら、君まで二重遭難になるところだよ。GUARDレスキューの一員なら少しは頭使いなさいよ」
「身体もな」
 桑原と蓮はからかうように笹崎を助け起こした。アルは二人に礼でもいうようにワンワンと飛びついている。桑原も蓮も犬は嫌いではない...むしろ犬好きなので、アルを代わる代わる撫で回している。
「ありがとうございます。高倉寺さん」
 笹崎は麗香に向かって土下座を始めた。
 麗香は笑顔で笹崎を抱き起こした。...桑原は神山が遭難してから初めて、麗香の笑顔を見た思いがした。優しい穏やかな笑顔だった。
「高倉寺、まだ、お前さんを待っている人間がたくさんいるぞ。笹崎、お前とアルもだ」
 桑原はアルの頭を撫でながら麗香と笹崎に言った。麗香の目に光が宿っていることを桑原は見逃さなかった。
 そのとき、急に桑原のXIGナビが呼び出し音を上げた。無線が復旧したようだ。
「桑原、どこにいる。エリアルベースとの通信が復帰した!」
 堤チーフからだ。
「シーガルの高倉寺隊員、陸戦の保永隊員と笹崎隊員を救出しました」
「笹崎!何をやっていたんだ!あいつは...」
「ところで何か...」
 笹崎が堤から大目玉をくらいそうなので、桑原はわざと話題を変えた。
「この大崩落は、このMS地区の地下を何か巨大な物体が通って行ったから起こったものらしい...エリアルベースとジオベースラボの解析だとな」
「巨大な物体」
 4人は顔を見合わせた。
「これがあのアルケミースターズが予言していた『根源破滅招来体』だっていうの」
 蓮がつぶやいた。
「たとえ、そうだとしても...」
 麗香の目に力が戻っていた。
「私は、私を待っている人のところに行かなくちゃ」
 それから、麗香はGUARDレスキューの指揮を取り、不眠不休で働いた。堤やハーキュリーズのメンバー、そして、保永蓮、笹崎恵一も一緒だった。
 そして、3日後、GUARD・XIGへの救援出動要請は政府によって打ち切られた。あとは、警察と消防の仕事となった。
 最後まで、「巨大な物体」の正体はわからないままだった。
 MS地区大崩落事故...死者786名、負傷者2000名余、行方不明者は150名を越えた。都市の機能が復旧するのには3ヵ月以上の歳月がかかり、今だに地区のあちこちにその傷跡が残っている。

 エリアルベースに戻ってから1週間たったが、神山篤志は集中治療室に運ばれたままだった。まだ、桑原は彼の顔さえ見ることが出来なかった。それは、恋人である麗香も同じだった。そして、桑原はこの日、自室に麗香の訪問を受けた。
「よう、腕はもう大丈夫か?」
「まだ、ちょっと痛むけど、吊っていなくてもよくなったわ」
「一人じゃ大変だな」
 麗香は一人で神山の留守を守り、装備品の点検と手入れを毎日行っていた。
「3日後に補充人員が2名来ることになったわ」
 桑原は麗香を中に招き入れたがドアを閉めることはなかった。麗香に椅子をすすめ、自分はベッドに腰を掛けた。
「そうか。少しは楽になるな」
「その2人が来たら...、私、辞めようと思うの」
 消え入りそうな小さな声で麗香が言った。
「何だって?」
 桑原は何か聞き間違いをしたかと思った。だが、麗香は何も言わずに寂しげな微笑みを浮かべていた。
「お前らしくないぞ。神山が戻って来るまでシーガルは誰が守るって言うんだ?」
「篤志が帰ってきたとき、どんな顔をして会えばいいの?」
 麗香の顔から寂しげな微笑みが消えることはなかった。何か自嘲するような痛々しい笑顔だった。こいつ無理に笑おうとしているな...桑原はそう思った。
「何も急ぐことはないだろう。戻るのを待てよ。神山は...」
「沢村隊長を心配していた。でも、私は一人でもどってきたのよ。なんて言えばいいの?」
「自分は無事助かって、神山の留守を守っていた。ありのままを言えばいい」
 桑原は思っていることを素直に言った。麗香は神山の留守をちゃんと守った。生き残った仲間を救い、たくさんの人々の命を救った。何を恥じることがあるというのだ。
「でも...」
 何か麗香には彼女の中で何かやりきれないことがあるようだ。
「とにかく神山を待て。いくら補充人員が来たって言ったって、お前たち2人のようにやっていけるとは限らないじゃないか」
 麗香は無言のまま、立ち上がった。
「とにかく早まるなよ」
 桑原は出ていく麗香の背中に向かって言った。麗香の背中がずいぶん小さく見えた。
(あいつ、あんなに小さかったかな...)
 桑原は小さくため息をついた。
(神山、何でお前、病院なんかにいるんだ?)
 今の彼女に必要なのは神山で、桑原には何もしてやれることはない。
 ピ、ピ、ピ...。個人用の通信回線の呼び出し音が鳴った。
(誰だ?)
 桑原はモニターを覗き込んだ。そこには1週間振りの笑顔があった。
「こんにちは、桑原さん!」
 元気な声...保永蓮だ。
「よお、元気だったか?『蓮坊』」
 桑原の声を聞いて、ちょっと蓮はすねた様な表情になった。
「桑原さんだから言うけど、あんまり『蓮坊』って呼ばれるの好きじゃないの」
「何だ、志摩さんも吉田リーダーもそう呼ぶから...」
「なんだかいつまでも子供扱いされているみたいでいやなの。そりゃ、志摩さんから見れば私はいつまでも『凱のかわいい妹』ってことなんだろうけど」
「ところで、そのユニフォームは?」
 桑原は蓮が見慣れない紫のつなぎを着ているのを気が付いて言った。
「MSの事件のときにうっかりして隊に連絡するのを忘れて訓練生に格下げされたの」
「えっ!?」
 そういえば蓮は休暇中だと聞いていたが...。
「うそ!XIGに昇格できる最後のチャンスだと聞いて、ローグに志願したんだけどダメだったんだ」
 チーム・ローグ...桑原も噂を聞いていた。シーガルとハーキュリーズの補充部隊で、候補生を育てる訓練部隊としての性格をもつ新チームだ。
「それならば、って思いきってカデットに志願したら採用されたってわけ!」
 カデットとはGUARDの中から選抜されたXIGの候補生のことだ。
「お前、XIGスピーダーのテストパイロットの方はどうした?」
「兼任OKにしてもらったの。どうしても戦車乗りになりたいから」
 志摩から蓮は、死んだ兄と同じ戦車乗りになるのが夢だったのが、チームを組む相手に恵まれず叶わなかったという事情を聞いていた。
「それにリーダーが高倉寺さんだって聞いたから。あの人の下で働きたいと思ったし、あの人の力になれると思うんだ」
 麗香がローグのリーダーになるとは初耳だった。だが、桑原はその言葉に友人を救う道を見つけた。
「それ、高倉寺に直接言ってくれないか?」
 桑原は麗香からXIGを辞めると言われたことを話した。
「私、高倉寺さんがいないんなら、考え直す。笹崎君も同じだと思う」
「あいつもか!?」
「うん、あの子もう高倉寺信者よ。なんと言っても大事なアルの命の恩人だもの」
「俺も助けてやったのにな」
「笹崎君にも連絡とってもらう。あの子にそんな話、聞かせたら必死になって止めると思うな」
「よろしく頼むよ」
 桑原は蓮に頭を下げた。
「やめてよ!先輩に頭さげられるなんて、苦手なの!じゃ、すぐ高倉寺さんに連絡とるから。何かあったら連絡する」
「ああ、じゃ、またな...蓮...で、いいか?」
 名前を呼ばれて、ちょっと蓮は驚いた様な表情を浮かべたが、すぐに笑顔に戻った。
「その方がいい」
 蓮の通信はそこで切れた。
 桑原はベッドにそのまま横になって伸びをした。頭の下に手を組む。
 たぶんこれで麗香はXIGにとどまるだろう。でも、たしかローグはジオベースを拠点にした部隊...いつ、麗香は赴任するのだろう。神山とちゃんと話しをするのだろうか?
(後は2人の問題だ)
 そのまま桑原は目を閉じた。

 ダブライナーは夕焼けの中を地上目指して降りて行った。
 ずっと窓の外を眺めていた桑原は隣にいる神山を見た。軽い寝息をたてて眠っている。そういえば、神山が自分の操縦以外で地上に降りるのは随分久しぶりなはずだ。
(疲れているんだな)
 ...もうすぐ、地上だ。

「日本男児が弱音を吐くんじゃな〜〜い!!」
 スティンガーの格納庫に志摩の檄が飛ぶ。
「ふぁ〜い......」
 力の無い返事が2つ...よれよれの我夢と笹崎だ。トレーニングを積んでいるはずの我夢だったが、やはり弾薬の積み込みとなるとトレーニングとは話しが違う。最初は良かったのだか、搭載する弾薬1200キロのうち500キロを過ぎたあたりから怪しくなってきた。それは笹崎にも言えることで、ふらふらと腰砕けの状態だ。この仕事を桑原は一人で20分くらいでやってのけている。しかし、もう、15分が経過していた。
「高山さん!、恵一!。そんな格好で運んでいると腰、痛めるよ!」
 2人の3倍の量の弾薬をかついで、蓮が颯爽と後ろから追い越して行く。やけに姿勢が良い。その後をXIGバルカンのケースをくわえたアルがついていく。
「笹崎君...」
「何でしょう」
「保永さんて何者?」
「化け物です」
「だろうな」
 XIGにはタフな女性も多い。しかし、我夢には蓮はその誰とも違う人種のように思えた。「女ハーキュリーズ」にふさわしい人材だ。
「ワン!ワン!」
 だらしないぞ!とばかりにリリーが我夢と笹崎の周りをちょろちょろと駆け回り、ちょっと楽しそうに吠え立てる。
「リリー、邪魔だよ、こっちおいで」
 蓮が足元の危ない二人に踏まれないようにリリーを自分の方に呼び寄せた。
「ワン!」
 リリーは一声吠えると蓮の方に小走りに近寄った。
「ここだよ」
 蓮が自分の荷物の上を指差すと、リリーはその腕と肩をよじ登り、得意そうに弾薬の箱の上におすわりした。そして、我夢たちの方を振り返るとまた一声吠えた。
 蓮は2人を見てにっこり笑いながら言った。
「あと半分残っているよ!スピードアップしないと夕飯なくなっちゃう!」
 もう返事も出来ない我夢と笹崎の前に志摩が仁王立ちになった。
「お前らよりも、ワン公の方が役にたっとるぞ!こら!日本男児ならしっかりせい!」
「志摩さ〜あん」
 我夢は悲鳴を上げた。笹崎は物も言わずにひっくり返った。
「こらぁー!起きんかー!!大和魂見せんかぁー!!!」
「志摩さん、私だけでも大丈夫だから...」
「も〜う!蓮坊は一休みしなさい!」
 キャラクターに似合わない満面の笑みを浮かべた志摩は足元に置いていたお盆を持ち上げた。お茶の入った土瓶と湯呑、煎餅の袋が載っている。
「志摩さん、僕たちも...」
 志摩の足元に我夢がすがりつく。
「甘〜い!」
 志摩や我夢たちを格納庫の片隅で見ていた吉田と高倉寺の両リーダーは声を立てて笑っていた。
「高山さんと志摩さんっていつもあんな調子なんですか?」
「まあな。桑原がいればもっと面白い」
「桑原君も一人でいるとおとなしい人なのにね」
 静かに麗香は笑った。...吉田の記憶にある高倉寺麗香はもっと明るい女性だった。だが、リーダーとしてチームを率い、12人もの候補生を教え導く立場になれば変わるものなのかと思った。
「しかし、たいしたもんだ」
 吉田は独り言のように言った。
「何がですか?」
「お前さん、陸戦の経験はないのに、蓮坊を一人前に育てた」
「樋口さんと『先生』がいますから...」
「いや、ここの問題だよ」
 吉田は自分の分厚い胸板を拳で叩いた。麗香は静かに微笑んだだけだった。
 そこへ、樋口が現われた。
「ひ、樋口さ〜ん」
 笹崎はすがるように樋口の方に這って行った。
「恵一、帰るぞ。早くしないと明日の訓練に間に合わない」
「よお、犯罪者。元気だったか?」
 吉田が笑顔で近づいてきた。
「吉田リーダー、犯罪者はやめましょうよ」
 樋口は笑顔でそれに答えた。
「笹崎君」
 我夢は恵一の脇腹を肘でつついた。
「樋口さん、何で『犯罪者』なの」
「16歳も若いお嫁さんをつい最近貰ったからですよ。何でも、行きつけの模型屋の娘さんだったらしい。樋口さん『オタク』だから...」
「恵一、何か言ったか?」
「あ、いや何も...アル、リリー、帰るぞ!」
 都合の悪い事をごまかすかの様に恵一は大慌てで、2匹を連れてピースキャリーの発着デッキに向かった。
「では、また。...リーダー、自分と笹崎は帰還します」
 樋口は二人にさっと敬礼して、その場を去って行った。
「さて、2人だけになったわね」
 蓮はにっこりと我夢に微笑みかけた。肩にはまた新たな弾薬の箱が...。
 我夢は気が遠くなりそうだったが、あきらめたように立ち上がった。
 樋口の姿を見送ると麗香もその場を辞そうとした。
「私は『先生』の発艦訓練を見ないと...。それとシーガルの方にも行ってきます。吉田リーダー、志摩さん、蓮のこと宜しく頼みます」
「おう」
 麗香は優雅な動作で敬礼をすると、格納庫を出て行った。我夢はその後ろ姿を目で追っていた。
「我夢」
 ぽんと吉田がその肩を叩く。
「お前、神山に殺されるぞ」
 我夢にはその意味がまだわからなかった。


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