連続推理小説『黄昏の死角』 第1話

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 「主任、A班から連絡が入りました。今大矢はタクシーを降りてこちらへ向かっているそうです。あと1分ほどで着く模様です」
「わかった」
 ターゲットの名は大矢知洋。38歳の医者だが患者の臓器を病院に無断で摘出し、暴力団ルートで売りさばいた疑いがあり、目下警察でマーク中の重要人物だ。B班からの連絡を受けたのはまだ25歳の村上刑事、主任と呼ばれたのは鈴木という30歳のたたき上げだ。2人が張り込んでいる車の中から、大矢の姿が見えた。車内は暗いから向こうから見える気遣いはない。もっとも大矢の方も尾行や張り込みが着いているのは当然承知しているだろう。マンションに入り、ほどなく廊下に姿を表す。2階なのでわざわざエレベーターに乗らず、階段を上ったのだろう。程なく2つめのドアの中に姿を消す。まだ5時前だが、空は小雨模様で薄暗い。部屋の灯りがつくのが外からでも見える。表通りから大矢の後を追ってA班と呼ばれた2人がやってきた。年かさの方は神保署の刑事課長の岩岡警部、もう1人は刑事課最年少の中原刑事だ。
「ごくろうさまッス」
 窓ガラス越しに中原が鈴木に声をかけた。鈴木はうなずくと村上に目くばせをして、共に車から出る。
「デカ長、あとよろしくお願いします」
「ああ、ご苦労さん」
鈴木と村上にねぎらいの言葉をかけ、岩岡は助手席に乗り込む。
「課長、車の中にコーヒーの入ったポット入れてあります」
ありがとう、という意味の手振りと微笑みを村上に返し、岩岡と中原は2人を社内から見送った。
「課長、もう1か月ッスけど、全然動かないッスね、奴は」
「バカ野郎、刑事ってのはそんなにハデな仕事ばかりじゃねえんだ。こうやって地味な捜査が実を結ぶこともあるんだ。TVドラマとは違わあ」
「うへえ、す、すんませんっス」
 右手の表通りから、帽子を目深にかぶった香川急便の配達人が、荷物を片手にマンションの敷地に駆け足で入ってきた。岩岡は長年の習慣で反射的に時計を見る。5時45分。入り口に彼が消えた数十秒後、2階の廊下に再び姿を現す。岩岡の目に緊張が走った。
「おい、どうやら大矢あての荷物らしいぜ」
 コーヒーをまさに飲み下そうとしていた中原が目を白黒させながら返事をした。
「は、は、はい」
 岩岡は窓を少し開けた。何かあるとも思えないが、会話が聞こえるかもしれない、という心積もりなのだろう。それとも長年の経験から来る勘か。奴が戻ってきたら、とっ捕まえて聞いてみる必要がありそうだ。配達員はチャイムを鳴らすと同時にノブをひねり、ドアを開けた。低く聞き取りづらい声で叫ぶのが聞こえた。
「毎度ー、香川急便でーす!」
 ドアの角度の関係で岩岡たちの方からは部屋の中が見えなかったが、すぐ目の前に大矢がいたらしい。何かやり取りをしているようだが、やや遠いせいもあって最初のかけ声以降はよく聞こえない。配達人は部屋に入った。と、その直後、閉じたばかりのドアの中からただならぬ音が聞こえてきた。ドタドタ、ドスドスと壁にぶち当たり、床を踏み鳴らすような音。と思う間もなく男の怒号。
「な、何をする! あっ、き、貴様ぁ!」
パンッ! と宵闇をつんざく乾いた銃声。岩岡はすでに車を飛び出しており、中原をひきずるように走りながらそれを聞いた。と、その時、ドバシャーンと何かが水中に落ちる音がした。
「しまった! 中原、川だ! 橋の方へ回れ!」
言うのももどかしく、岩岡は階段を駆け上がっていた。
(続く) 

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