連続推理小説『黄昏の死角』 第6話

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 翌日の夜、再び会議が持たれた。前夜のメンバーに加え、神保署と本庁から新たに刑事が参加し、一気に十数名の大所帯となった。しかし、中心となるのは昨夜の神保署の4人である。例によってもの柔らかな口調で笠井が話を始めた。
「それではまず、被害者についての報告をお願いしますよ」
 待っていたかのように、村上が勢いよく立ち上がり、報告を始めた。
「被害者は大矢知洋、38歳、医師です。身長168センチ、体重は65キロ。1か月前より、臓器密売事件の重要参考人として、本署でマークしておりました」
 昨夜は鈴木がしていた報告だが、今日は村上が引き継いだらしい。
「臓器売買の件については、鈴木主任の方からご報告を後ほど申し上げます。まず死因ですが、腹部を38口径の拳銃で撃たれたことによる失血死です。弾丸は腹部大動脈を貫通しております。死亡推定時刻は17時45分の前後10分以内、撃たれてから4、5分は意識があっただろうということです。銃創と硝煙反応の状況から、30センチ以内の至近距離から撃たれたようです。弾丸の入射角は水平に対してプラス20度。すなわち被害者の鳩尾より約10センチ上から撃たれたものとほぼ断定できます。ただし被害者が立っていたというのが前提ですが」
「おう、細かいことは報告書見りゃわかるから、ぱっぱと要点を説明しちまいな」
「わかりました。被害者の上腕部には擦過傷が見られます。おそらく犯人ともみ合っているときに、マンションの壁に擦ったのではないかと推測されます。被害者の身体のサイズ等は資料をご覧下さい。証拠品の説明の際に補足いたします」
 (そんなことじゃねえ。俺が知りたいのは。なんか引っかかるもんがあるんだよな)という目をした岩岡が次を促した。
「さらに検屍医の方からの報告によりますと、被害者は膵臓及び肺臓を悪性の癌に冒されており、もってあとせいぜい1か月の命だったということです」
「何だって!?」
 できるだけ平静を装って村上はこの事実を告げたようだが、岩岡の驚愕は尋常ではなかった。
「それじゃあ、ヤツはこんなに早まる必要はなかったんじゃねえか」
「何です? 岩岡君。そのヤツって言うのは?」
「いやあ、後で言いまさあ。それより村上の報告は、もう聞かねえんですかい?」
「あ、いや、検屍関係の報告は以上であります」
「それでは岩岡君、そのヤツっていうのを説明していただきましょうか」
「ああ、それについては鈴木の方からまとめて言わせまさ。おう」
 背中をたたかれ、ちょっとむせながら鈴木が立ち上がった。
「まず被害者が関係していたと目される臓器密売容疑についてですが、こちらの報告書の方をご覧下さい。この場で報告するには、やや分量が多いものですから…」
 各自の前には分厚いコピー紙の束が配られている。この場で全部めくって見ようという者はさすがにいないようだった。
「被害者には離婚歴がありますが、元夫人はすでに再婚しオーストラリアで暮らしております。従って今回の事件には関係がありません、表面上は。その他に身内というのは弟がひとり、被害者のマンションから歩いて15分位のところでアパート暮らしをしています。名前は大矢秀樹、31歳、独身ですが、この男がまたかなり評判が悪いのです。被害者をマークしていたときに、この男についての話もすでにいろいろ聞いています」
「面白そうな話ですね。いや失敬、不謹慎でしたか。どうぞ続けてください」
 (ようやく話がそこへ行ったか)という顔が2つ、一瞬火花を散らしたようだった。岩岡と笠井である。

(続く)

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