連続推理小説『黄昏の死角』 第3話

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←現場付近見取り図


 「ガイ者は大矢知洋、38歳、医師です。1か月前より、臓器密売事件の重要参考人として、本署でマークしておりました」
 鈴木のよく通る声が響く。臓器密売の事件が一転殺人事件となり、本庁の捜査一課との合同捜査本部が急遽設置された。その日の夜遅くの会議での報告である。「死因は現在司法解剖中ですので確かなことは言えませんが、おそらく腹部を銃で撃たれたことによる出血多量と推測されます。これは岩岡警部も確認しておりますが、ほぼ即死状態でした。私が部屋に踏み込んだのは、警部から連絡をもらった約4分後だったのですが、既に事切れていたようです。詳しいことについては、一両日中に明らかになるでしょう」
「他に被害者について変わったことはありませんでしたか?」
 尋ねたのは合同捜査本部長でもある本庁の捜査一課長の笠井である。まだ31歳だが有名国立大学を主席で卒業したキャリア組で、すでに警視までに昇進し、警視庁内でも切れ者で通っている。
「10月も末だというのに、ランニングシャツに軍手という服装に初め違和感を覚えました。しかし室内の状況から、古新聞の整理中だったのではないかと推測されます。実際、すでにいくつか新聞紙の束ができてましたし、ビニール紐やハサミも置いてありましたから」
「現場の状況は?」
「床に争った後があり、絨毯や落ちていた新聞が踏みにじられています。またベランダに面しているガラス戸は開けっぱなしでした。入口の鍵はかかっておりましたが、これは岩岡警部がマスターキーで開けて入りました。中には被害者以外見あたりません。クロゼットや浴室も捜しましたが誰もおりませんでした」
「家具や調度品は他にどういうものがあったのです?」
「ソファにテーブル、小型のタンス…チェストというんですか、あとはビデオつきTVに冷蔵庫、と言った感じで、隠れるところなどありません。被害者のもの以外の指紋も特には出なかったようです」
「医者の暮らしにしては意外に質素ですね…。凶器は?」
「38口径です。被害者のそばに落ちていました。現在ライフルマークを科研で照合中ですが、まず間違いないでしょう。6連発ですが1発しか発射されておらず、5発は装填されたままでした。指紋は検出されておりません。出所も洗っておりますが」
「承知しました。被害者については、こちらの署でマークしていたということも含め、後で聞くことにしましょう。犯人の遺留品はどうでした?」
「はい、これはかなり豊富と言えます」
 村上がてきぱきと答える。
「まず、今報告がありました拳銃。詳しくはライフルマークの照合をお待ちください」
 笠井が無言でうなずき次を促す。
「次に宅配便を偽った犯人が持ち込んだ荷物。これは何の変哲もないゆうパックの箱に、ガムテープを巻いたものです。これは岩岡と中原も犯人が持っているのを目撃しております」
 自分の名前が突然出たため、中原はぎくりとしてあたりを見回した。
「伝票は貼られておらず、中はチラシやら古新聞やらが詰め込まれていました」
 笠井の眼鏡の奥でキラリと目が光った。
「何新聞です?」
「朝田新聞です。ガイ者の家にあった束は海日新聞ですから、犯人が持ち込んだものであることに、ほぼ間違いはありません」
「チラシから犯人の居住地区が特定できるかも知れませんね。指紋は?」
「やはり検出されていません」
 部下の頼もしいやり取りに一瞬目を細めかけた岩岡だったが、すぐに気を取り直した。
「ナメやがって。必ずこの手でふん縛ってやるから覚悟しろ!」
 すでに目星をつけたらしい相手を思い浮かべ、岩岡は独り毒づいた。

(続く)

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