連続推理小説『黄昏の死角』 第9話

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 即座に大矢秀樹が警察に呼ばれた。ふてくされた調子であまり協力的ではなかったが、容疑については全面否定だった。当日のアリバイはなし。なんでも、パチンコで負けてイライラしていたので、町をぶらぶら歩いてから帰宅したとのこと。帰宅時刻は18時30分、これはアパートの隣人がドアの音とその後の室内のテレビの音を聞いているので間違いあるまい。また彼は、保険金の名義が自分になっていることは知っていた。この話題になると、とたんに嬉しそうな表情になったらしい。自分が疑われているのがわかっているのかいないのか、読み取れない様子だったという。彼の尋問は済み、一旦家に返された。もちろん尾行つきである。前後して他の懸案事項の報告がなされた。香川急便を装った男が持っていた箱の中の新聞とチラシについて、秀樹は新聞をとっておらず、またチラシは大矢のマンションの周辺一帯に配られているものらしいが、特定はできないという結論が出た。またマンションや周辺の聞き込みの結果、川の付近で不審な人物を見た者はいなかった。小雨模様だったためそもそも人通りが少なかったのも、目撃者がいない一因だったようだ。見つかっていなかったマイキの靴の片方は、約80メートル下流の川底で発見された。既に発見されている片方−これは左だが−と鑑定した結果、対になっているもののもう一方であることが確認された。部屋に残っていた足跡と照合されたからである。なお新品のため底はすり減っておらず、持ち主の特定はできないらしい。指紋やその他の手がかりも得られなかった。指紋と言えば、秀樹のものらしい指紋が大矢の部屋のドアのノブから検出された。しかし秀樹は何度も大矢の部屋に来ているわけで、犯行当日についたものかどうかは特定できなかった。靴のサイズは秀樹のものと同じだったが、帽子は秀樹の方がそもそも持っておらず、サイズの確認はできずに終わった。
 翌日、一息ついた格好の捜査本部に、村上がひどく興奮した表情で駆け込んできた。
「か、課長! あ、警視もいらしたんですか。DNA鑑定の結果が出ました! 秀樹です! 秀樹のものと断定されました!」
「そうですか。それでは逮捕状を取ることにしましょう。容疑者は大矢秀樹、容疑は殺人と銃刀法違反ですね。同時に秀樹のアパートも捜索を」
 即日、秀樹は逮捕された。が、以前と同じく容疑については完全否認。知らぬ存ぜぬの一点張りで、海千山千の岩岡も手を焼く有り様だった。秀樹のアパートからは殺人に関する証拠も、凶器の短銃についての証拠も発見されなかった。また秀樹がいたというパチンコ屋の店員から、その日の様子を聞くことはできた。だいたい毎日同じ時刻に顔を出す常連だけに、当然ながら覚えていたらしい。パチンコ屋を出たのは5時過ぎなので、アリバイにはならなかった。パチンコ屋から秀樹のアパートまでは歩いて5分、大矢のマンションまでも歩いて10分だから、準備を考えても十分に犯行は可能なのである。
「…気に入らねえな」
 笠井以外の全員が珍しく揃っていた昼下がりの本部で、仏頂面の岩岡がつぶやいた。岩岡が独り言をつぶやくときというのは、必ず誰かに聞いてほしいというサインなのだ。すかさず鈴木が聞き返す。
「何がです?」
「なんでもかんでも揃いすぎてんだ。秀樹が犯人だって事に。奴の話を聞いたが、どうもバックレてるような話し方じゃねえ。本当に殺ってねえんじゃねえか、って気がしてきたんだ」
 すぐ横の中原がどこか楽しそうな表情で言い返した。
「そんなこたあねえっスよ、課長。状況証拠は十分、髪の毛って物的証拠もある。アリバイもない。ダイイングメッセージまである。動機は保険金目当てで決まりっスよ。課長も最初っから秀樹を疑ってたじゃねえっスか。単純な事件でしょ。デカの仕事にTVドラマみたいなことはないってことっスよ」
「生意気言ってんじゃねえ、この野郎!」
「あっ、痛ってえ! いっつも課長が言ってるセリフでしょう。ひでえなあ、はたくこたあねえじゃねえスか」
 思わず笑いながら割って入ったのは鈴木である。
「まあ、デカ長の勘は結構鋭いですから。せっかくですからもう一度事件を整理してみましょうか」
「おう、いい事言うじゃねえか、やってみろい!」
「犯人が秀樹だとすると、まずパチンコ屋を17時に出る。その足で自宅かあるいはどこかに隠しておいた香川急便らしきポロシャツと帽子、靴を身につけ、箱を抱えて大矢のマンションへ行く。これが17時45分でしたね。宅配便を装ってドアを開けさせ、中に入って格闘の末、腹部に一発食らわす。格闘しているうちに帽子が落ち、また大矢の腕に擦り傷がつく。この間は1、2分でしょう。大矢を撃った秀樹はそのまま部屋を走って横切り、シャツと靴を脱いで川へ投げ入れ、自分も飛び込んで川上へ泳ぐ。その間に大矢は絨毯に血文字を残して絶命する。時間的に言うと、デカ長が踏み込んだのがこの直後ですね。我々が駆けつけたのがその約1分後でした。一方川に飛び込んだ秀樹は、人目のつかないところで川を上がり、家に帰る。こんなところですね。なるほど。自分で今整理しながらしゃべっていて、二三腑に落ちない点が見つかりましたよ」
 その時突然電話が鳴った。村上が電話を取り、二言三言話したあと受話器を手で押さえて岩岡に尋ねた。
「川をさらってもらってた連中からなんですが、見つかったものはどうしましょう、と」
「そんなもん、持って帰ってきたらいいじゃねえか」
「それが、30キロ位のコンクリの塊だそうなんです。5メーター位の新しめのビニール紐が結わいてあるとかで」
「どっから見つかったんだ?」
「それが…、マンションの真下らしいんです」

(続く)

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