連続推理小説『黄昏の死角』 第12話

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 マンションの住人を中心に再び聞き込みがなされたが、結果ははかばかしいとは言えなかった。まず隣室の岩原だが、職場の評判は悪くなかった。ただ、何を考えているかわからない、とか一度切れると恐そうな雰囲気を持っている、という同僚の女性の証言もあった。肝心の大矢との関係は明らかではなかった。たびたび管理人に騒音についての苦情を持ち込んでいたのは確からしい。さらに鈴木らの予想通り、背丈はほぼ170センチで岩岡と中原が見た男に近かった。マンション内で他に大矢に対して関係がありそうな者のうち、体格が秀樹と似ているのはわずかに2人。ひとりは関口宏之という25歳の男で、302号、つまり岩岡の部屋の真上の住人である。彼は朝田新聞の勧誘員で、新聞を取る取らないで岩岡ともめたことがあったらしい。これは本人も認め、管理人も知っていたから間違いはなかろう。もうひとりは501号室に住む渡辺洋一というガソリンスタンドに勤める22歳の男。大矢が川熊会から金を借りた時分に、川熊会に出入りして情報屋まがいのことをやっていたらしい。しかし大矢との関係については本人も川熊会側も知らないの一点張りであった。実はもうひとり、身長170センチ位で大矢の別れた妻の知り合いという住人がいるのだが、この者は女性ということで嫌疑からはずされた。この点については、現場で聞いた声の感じが絶対に女じゃない、と岩岡は強調した。それでは他の容疑者の声はというと、ドアを開けるときに聞こえた声と、どれも同じようでまた違うようでよくわからない、と不満そうに唸った。中原も同じ意見で、その声は漠然と聞いてはいたものの、よく覚えておらず、容疑者の声を聞いても特定はできないということだった。
「いやー、どうもいかんです。これ、という決め手がありません」
 岩岡に向かって、鈴木が珍しくこぼしている所へ笠井が入ってきた。
「なかなかに顔色が晴れませんが、よろしくない状況なのですか?」
「ええ、マンションの住人のうち何人かは引っかかりそうな者がおるのですが、確実な証拠が何一つありません。それと、発見されたコンクリートブロックを使って、大矢の部屋のベランダから落とす実験をしてみたんですが」
「結果はどうなりました?」
「犯行時と同じ状況にして岩岡と中原に聞かせたところ、確かに当日聞いた音に近かったと言っています。しかしその直後に若い警官を同じように飛び込ませたのですが、この音も絶対違うとは言いきれないと…」
「それはそれはこの寒空に大変でしたね、その警官は。他に何か目新しいことはないのですか」
「もし秀樹が犯人でないとしたら、パチンコ屋の帰り道に誰かに目撃されてるのではないかと思いまして、聞き込みさせました。こちらもはかばかしくないですね。本人は誰にも会わなかったと言っているし、家に帰る途中の自動販売機でビールを買って飲んだらしいですが、店の者に聞いても誰も覚えていない様子です」
 話がとぎれたその時、タイミングよく電話が鳴り、村上が応対してからこちらを向いた。
「警視宛にお電話です。科研から」
「ありがとう。…はい、笠井です。…はい、なるほどそうですか。承知しました。ありがとう」
 満足そうにうなずき、笠井は電話を切った。
「何の電話です? 事件に関係あることですか?」
 村上の質問に笠井は答えず、静かに言った。
「岩岡君、神保署の諸君、誰が大矢を撃ったのか、今はっきりとわかりましたよ」


[読者への挑戦]


 ここで、かの偉大なる、そして尊敬すべき名探偵エラリィ・クイーンに倣い、読者への挑戦をすることにしましょう。作者はこういった推理物を書くのに慣れていないため、伏線もほとんど張らずに手がかりは残らずすべてさらけ出しているようです。従って、ここまで読み進めば事件の真相がおのずと明らかになるでしょう。さらには真相解明の決め手となった電話の内容も、賢明な読者諸君には容易に推測できることと確信します。健闘をお祈りしていますよ。
警視庁捜査一課長・警視 笠井聖一


※次回はヒント編になります。ヒント篇ではパスワードが必要となります。ご希望の方はメールで請求下さい。またヒントが不要という方は解答篇のパスワードを、やはりメールでご請求下さい。折り返し解答篇へのパスワード(ヒント篇とは別です)をお教えいたします。

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