連続推理小説『黄昏の死角』 第10話

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 当惑気味の岩岡に代わって鈴木が電話口で答えた。事件に関係があるかもしれないので、持ってきておくように、という指示だった。電話を切って、鈴木が話を続けた。
「コンクリートブロックについては、出所を探るよう言っておきました。なんとなく気になる点があったので…。まだ自分にはわかりませんが。恐らくデカ長も同じでしょう」
 無言で岩岡がうなずいた。しかし電話を受ける前と比べると、鈴木の表情が明るくなっている。
「で、さきほどの話の続きですが、犯人を秀樹と限定しないでしゃべることにします。まず疑問点その1ですが、犯人は、どうして被害者と格闘になったんでしょう?」
 答えたのは中原だ。
「そりゃ、被害者に顔を見られて…もみ合いに…」
 岩岡がフォローした。
「ああ、犯人が顔見知りだったことには多分間違いねえ。走りながらだったが、確かに大矢の声で『貴様』と言ったのが聞こえた。知ってる奴に向かって吐いた言葉だったぜ、確かに」
「でも被害者は印鑑を取りに奥へ入っていったはずです。その時に背中を犯人に向けているはずですよ。その隙に背中を撃ったらいいじゃないですか。それをわざわざ取っ組み合いになってから射殺している」
「犯人は最初から殺すつもりじゃなかったんじゃあ…」
 と答えた村上に対してなおも鈴木は疑問をぶつける。
「殺すつもりのない犯人が、わざわざ香川急便のふりをしたりするか? まあ、疑問は疑問として置いとくことにして、次の疑問点」
 いつの間にか中原あたりは話に引き込まれ興奮しているようだ。ぐぐっと身体を乗り出すのがわかる。
「何故犯人は靴とポロシャツを川に投げ込んだんでしょう」
 村上が首をかしげながら答えた。
「…泳ぎにくいから?」
「だとしても、川から上がったら、ポロシャツは脱いでいてしかも裸足。ちょっと目につきすぎないか?」
「ってことは、近くに着替えを用意していたってことか…!」
「それもある。でも捜査はしたが、そういった痕跡や目撃者は今のところない」
「捜査が足りねえってことっスか?」
「そうかも知れないが、そうでないかも知れない。だから腑に落ちないんだな」
「なるほど、面白くなって来やがった。そんでしまいじゃねえだろ?」
「ええ、あとひとつ、凶器の拳銃に指紋が残ってなかったのは何故でしょう」
「そりゃあ手袋をしてたんでしょう」
「ではここで聞きたいんですが、デカ長は香川急便の男が手袋をしていたのを見てますか?」
「それが面目ねえんだが、覚えてねえんだ。ただ宅配便屋だったら、しててもおかしくはねえわな。季節が冬じゃなくってもな」
「ええ、宅配便の男はおそらく手袋をしていたんでしょう。デカ長の話だと、犯人が被害者を撃ってからそんなに時間がたたずに川に飛び込んだとのことですから、多分拳銃から指紋を拭き取る暇はなかったでしょう。宅配便なら手袋をしていてもおかしくないというのもその通りだと思います。というか、その方が自然な考え方でしょう。だとしたら…」
 一旦言葉を切って、3人を見渡した。
「その手袋は何故見つからないのでしょう」
 数秒の沈黙の後、村上が口を開いた。
「川…ですか?」
「そうかもしれない。確かに手袋はシャツや靴より軽いから、もっと下流へ流れて行ってしまった可能性はある。でも、はめたまま逃げたことも考えられる。だが少なくとも秀樹の部屋からは見つかっていない」
「途中で捨てたとか…」
「うん、ポロシャツや靴を捨てるような犯人だから、それは十分に考えられる。捜査で発見されてないということは、ゴミ捨て場に捨てて逃げたこともありうる。今からじゃ多分見つからないだろう」
「それじゃ疑問でも何でもねえじゃねっスか」
「そうだとすれば、別の疑問が出てくる。ポロシャツと靴を川に捨てたのに、なんで手袋は捨てなかったのだろう、ということだ。むしろ川に捨てたのだが、流れてしまって見つかっていないという可能性が一番高いと思う。あるいは犯人が現在も持っているか、密かに処分したかだ。硝煙反応を気にしていたかもしれないからね」
「おう、鈴木。おめえがそうやってベラベラしゃべるときは、何かちゃーんと思いついてることがあるんだろ。それをぜひ聞かせてもらいてえな」
「さすがデカ長、隠し事はできませんね。第1の疑問に対する答えはまだ見つかってないんですが、第2と第3の疑問に対しては、自分なりの結論がありました。そこへさっきの電話でしょう。ますます確信を強めたんです。とは言ってもまだ推測ですが」
「何ですか?」
「聞きたいっスよ」
「犯人は川に飛び込んでないんじゃないか、ということだよ」

(続く)

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