連続推理小説『黄昏の死角』 第7話

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「一応職業はフリーターということになっていますが、近所の人の話を聞いても一向に仕事をしている気配はなく、いつもパチンコ屋に入り浸ってるようです。金がなくなると、手っ取り早く金になるアルバイトをやっているとのことです。本人が言うには、ロードデザイナーだと…」
「何です、それ」
 珍しく他人の発言中に村上が口を挟んだ。
「何のことはない、道路工事だそうだ」
 笑いをこらえながら笠井が聞き返した。
「で、被害者との関係はどうだったのです?」
「これがもう最悪でした。秀樹がよく被害者に金をせびるらしいのですが、被害者は全く金を出す気がなく、それが原因でいつも口論になってるようです。秀樹のアパートの住人も、言い争いをよく聞いています」
「わざわざ弟のアパートに出向くのですか?」
「よく意見をしに行っていたらしいのですが、そのくせ金は出さないという…。まあ被害者にしてみれば唯一の肉親である弟が、30過ぎても定職に着かずぶらぶらしているのが、我慢ならなかったんでしょう。逆に秀樹の方もたびたび被害者のマンションに出かけては、借金をせがんでいたようです。隣人の岩原の話によれば、数日前にもつかみ合いの喧嘩をしていたようだ、とのことです。被害者が叫んでいたのが聞こえたそうですが、きちんと職に就けばいくらでも貸してやるが、返せる宛のない金なぞ貸せん、ということだそうです。あまりに喧嘩の様子が凄まじいので、さすがに出て行って割って入ろうとしたところ、捨て台詞を吐いて秀樹が出ていくところだったそうです。『てめえなんか死んじまえ』と…」
「ふーむ、興味深いですね。で現在はどうしているんです」
「事件直後から秀樹のアパートに張り込ませています。本来なら唯一の身内ですから葬儀の準備などがあるのでしょうが、我関せずといった感じで、特に目立った動きはない模様です」
「その弟というのが犯人ではないかと睨んでいるわけですね、岩岡君」
「いや、かなりその線は強いと思ってるんですがね、まだ状況証拠だけじゃあ何とも言えません。参考人として引っ張るのはいつでもできますが。とりあえず泳がしておいてるってわけで」
 (この人も丸くなったもんだ)鈴木は思わずニヤリとしかけた。以前であればとりあえずしょっぴいてきてから力で吐かせてたに違いない。
「しかし他の線はないのですか? 隣人などはどうです? 岩原…でしたね」
「は、今のところは当日の様子を聞いただけなのですが、物音に驚いてドアから顔を出したところにコワい顔をした刑事がいて、言われた通りに最上階の管理人室へエレベーターで上がり、管理人を連れて降りてきたそうです。この間およそ2分ぐらいじゃないかと言っておりますが、岩岡警部もそのくらいだろうとのことで…」
 仏頂面で岩岡がうなずいた。横の中原が頭を押さえている。報告にあった「コワい顔」に反応して、岩岡から鉄拳を頂戴したらしい。
「その後は警部の指示通り、マンション西側の非常階段の上り口にいたのですが、怪しい人影は見なかったと言っています。1、2分でパトカーが到着したと言ってましたが、これも状況と合っています」
「管理人の方はどうなんです?」
「こちらも、呼びに来た岩原にせかされて、あわてて降りていったそうです。2階の物音は聞こえなかったと言っています。鍵を岩岡警部に渡した後は、東側の玄関ホールにいたそうです。近所の人が集まってきたところに我々が駆けつけたと言ってました」
「了解しました。そちらの線は薄そうですね。もうひとつ、臓器売買の方はどうです? 口封じというのはありえないでしょうか?」
「はい、最初はその線も考えましたが、詳しく調べてみると、どうもそうではないらしいのです。大矢には巨額な借金があり、その借りた相手が暴力団…川熊会というのですが…とつながっていたようなのです。元々臓器密売も、借金の返済を待ってもらう代わりに…と大矢の方から持ちかけたものらしいというのが、どうも本当のところのようです」
「その借金というのは、どういう金なのです?」
「1つは離婚の際の慰謝料。もう1つは、以前開業していた時に手術ミスで患者を死なせてしまい、その損害賠償です。これが原因で自分の医院もたたむはめになり、離婚もそのためだったとも言われています。さらに悪いことに、その患者というのが川熊会の関係者だったらしいのです」
「少々話はそれましたが、そういった事情から、大矢を川熊会が殺すはずはない、というわけですか」
「はい。貸した金が返ってこなくなってしまうだけでなく、臓器密売の罪をかぶってくれる相手も失ってしまうわけですから」
 しばらくの沈黙の後、意を決したように、再び鈴木が口を開いた。
「さらに話を戻しますが、もう1つ、秀樹についての不利な状況証拠があるんです。被害者は多額の生命保険に加入していたのですが、その受取人が弟の秀樹なんです」

(続く)

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