連続推理小説『黄昏の死角』 第2話

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 「大矢! 大矢! どうした!」
 すでに手袋をはめた手で狂ったようにチャイムを鳴らし、ドアを叩くが、一向に開く気配がない。ノブを回すが、どうやら鍵がかかっているらしい。さきほどからの物音に驚いたのか、タイミングよく左隣の203号室から男が顔を出した。
「おっ、警察の者だ! すまんが管理人を呼んできてくれ! マスターキーを持って来るんだ! 急いでくれ!」
 泡を食らって廊下を駆けていく男の背中に一瞥をくれ、岩岡は懐中の無線のスイッチを入れた。
「あ、ああ、俺だ。岩岡だ。大矢のマンションだ。発砲があった。人手と救急車を回してくれ! すぐにだ! それと本庁へ連絡を!」
 ほどなく隣室の男が真っ青な顔の管理人を連れてやってきたが、岩岡にはその1、2分が1時間にも2時間にも感じられた。
「マスターキーを! 早く!」
 鍵を受け取ると岩岡は2人に言った。
「中は絶対に覗くな! それと両側の階段を下で見張っててくれ。不審な奴がいたらすぐに大声で知らせてくれ。部外者は近づけるな!」
 声も出ない2人は辛うじてうなずき、二手に分かれて階段室に姿を消した。と同時に鍵が開き、岩岡は倒れ込むように部屋に入った。
 一方、岩岡からの連絡を受けた神保署では、あわただしく刑事や警官が出ていった。現場は警察署からも消防署からも近く、鈴木達の乗ったパトカーと救急車が到着したのはほぼ同時、連絡を受けたちょうど3分後だった。救急隊員を追うようにして、ホールに入ると、初老の男がひとり、集まってきた近所の住人を止めているところだった。警察手帳を突きつけて脇をすり抜け、村上、鈴木の順で階段を駆け上がる。
「ああ、ご苦労さん。腹を撃たれているらしい。多分…、ダメだと思うが、見てくれ。頼む」
 岩岡の声が廊下まで響いてきた。村上を無言で制し、鈴木はドア越しに部屋をのぞく。中は惨状、というほどは荒れていなかった。しかし何者かが部屋を駆け抜けたような跡はついていた。足下に黒い小さな棒、と見えたのは印鑑のようだ。ランニングシャツを着た男がひとり、部屋の奥へ向かって倒れており、そばに救急隊員が2人、ひざまずいている。うつぶせなので顔は見えないが、その後ろ姿を、鈴木はよく知っていた。手首を握っていた隊員が振り向き、無言で首を振った。
「わかった。鑑識を呼んでくれ。それと、誰か応援の刑事は?」
 声がかかるのとほぼ同時に村上が顔を出した。岩岡は目を上げて静かに言った。
「表の橋の上に中原がいる。暗くて難儀してるだろうから、灯りと警官を何人か回してやってくれ。誰かいたらすぐ知らせろ。それから、管理人と隣の部屋の男が階段の所にいるはずだ。警官と代わってここに来るように言ってくれ」
 うなずいて駆けていく村上と入れ違いに入ってきた鈴木には目もくれず、独り言のように、しかし鈴木に向かって吐き捨てるように言った。
「やられたよ。俺が入ったときは、どんなに声をかけてもぴくりとも動かなかった。腹に一発、ほとんど即死だろう。…帽子なんかかぶってる香川急便なんざ、見たこたねえ。うかつだったぜ…。俺がいたのに…くそっ!」
 白衣の男が2人部屋に入ってきた。ひとりは部屋に向かってストロボをたき、もうひとりはそこら中に銀白色の粉をまき散らし始めた。
「臓器密売…死人に口なしか…」
 それこそ独り言のように、鈴木がつぶやいた。
(続く)

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