連続推理小説『黄昏の死角』 第8話

<前話 Title
次話>


第1話第2話第3話第4話第5話第6話第7話|第8話
第9話第10話第11話第12話(問題篇完結/読者への挑戦)
第13話(ヒント篇/読者への再挑戦)|第14話(解答篇1)

 平静を装ってはいるものの、笠井の驚きは明かだった。目の前のコーヒーを一口すすると、ようやく落ち着いたのか、口を開いた。
「しかし、そんなに仲が悪かった弟に、なぜ被害者はわざわざ保険金を残すようなまねをしていたんでしょうか」
「いえ、被害者と親しかった者に以前聞いたことがあるのですが、元々その保険金は妻が受取人になっていたそうで、離婚を機に受取人を秀樹に変更したとのことです。当時、秀樹はまだ学生で…留年中だったようですが…、今ほど荒れてはいなかったようですから」
「そうだとしても、だとしたらなぜ解約しなかったのでしょうね」
「今となっては被害者しか知らないことでしょう。ただ、秀樹が荒れだしたのは保険金が原因だったようです。そのうち大金が入るんだから、と友人に言い触らしていたのは確かです」
「わかりました。他にないようでしたら、証拠品関係についての報告をお願いしますよ」
 と言われて勢いよく起立したのは中原だ。言うべきことが整理してあったらしく、昨夜よりはだいぶましのようだ。
「それでは説明させていただくっス。まず凶器ですが、ライフルマークが照合できまして、現場に落ちていた38口径と断定されました。マエはないようっス。指紋もないっス。暴力団関係に大量に流れている東南アジア製のものですが、出所はまだ特定できませんッ」
 ほんの一瞬だったが笠井は顔を曇らせた。
「次にポロシャツっス。香川急便に聞いたら、制服で使ってるのとは違うそうっス。普通のスーパーで1980円で売ってるもんで、これも出所はわかりませんッ。あとマイキのスニーカーっスが、現場からは片方しか発見されてませんッ。大っきさは26センチ。モノは、本物です。パチもんじゃありません。自分はよく買ってるんで知ってるんですが、19800円のエア・ロケットってヤツで、どこでも売ってるっス。そんで絨毯や落ちてた新聞に足跡があったんスが、この靴と一致したそうっス。ガイ者の靴は25.5センチなので犯人のものだろうって。それから帽子は…」
「おいおい、せいてしゃべるのはいいが、聞いてる俺らがついていけねえ。整理してあんのはわかったから、もうちっと落ち着いてしゃべれ。な」
 岩岡から言われて、ごくり、とつばを飲み込んだ中原が続けた。
「は、はい。帽子は56センチですが被害者の頭は55センチなんで、多分被害者のもんじゃないだろう、ってことらしいっス。しかもこれには、なんと髪の毛がついてました。血液型や長さからいっても被害者のもんじゃないって科研から言ってきました。それと絨毯には…」
 中原はさらっと流してしまったが、毛髪は重要な物的証拠になる。少なくともその帽子は、香川急便を装った者がかぶっていたのだ。
「絨毯には、血がついた布でこすった跡がついてるらしいんス。それも字みたいな…」
「どこにあったんです、それは」
「ひ、被害者の倒れてた右の胸のあたりっス。被害者を運び出した後に、鑑識が気づいたそうっス。って言うか、遺体の真下にあったんで、遺体を動かしたときに初めて見えたらしいんス。血液型は被害者と同じ、乾き具合から言って、被害者が死んだのとほぼ同じときについたもんだって…。写真はこれっス」
 隣の岩岡がのぞき込んだ。
「ヒ・テ…ヒテ? 秀樹かっ!」
 大声をあげた岩岡とは対照的に、笠井はまだ冷静だった。
「うーむ、それは被害者が書いたものなのでしょうか」
「被害者がしてた軍手の右の人指し指に血がついていて、字の太さやかすれ方が、その指で書いたもんにほぼ間違いないってことらしいっス。書いている途中に力尽きて、身体ごと文字と右手の上に倒れ込んだようだと…、絨毯の血だまりはそのあと広がったってことで、救急隊員が動かすまで、被害者が死んでから動かした様子はないらしいっス」
「わかりました。他に報告事項はありませんか」
「以上っス」
「それでは、被害者の実弟、大矢秀樹を重要参考人として呼んでください。毛髪のDNA鑑定をその際に行えるよう手配をお忘れなく。以上で本日の会議を閉じます」
(続く)

連続推理小説『黄昏の死角』 第8話

<前話 TOP