連続推理小説『黄昏の死角』 第5話

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 少しの間、沈黙が続いた。村上の報告の余韻を、皆が楽しんでいるようであった。その沈黙を破ったのは笠井だった。
「それで、何か犯人につながるような情報はないのですか? まあ時刻のこともありますから、大した証言は取れてないでしょうけれど」
 聞かれて立ち上がったのは中原である。こういった場で発言するのはもちろん初めてだった。緊張の色が見て取れる。
「は、はい。えー、まず犯人像っスが、これは自分と岩岡さんが、あ、岩岡です。岩岡も見てるっス。背丈は170センチ位、中肉中背の男っス、多分、いや確かに男っス。一応声も聞いてますんで。で、今のところ証言が取れてるひとがいます。ひとりは隣に住んでる男ですが、岩原と言います。公務員っス。あ、区役所勤めだそうっス。こちらは、あの時間、争う音や銃声を聞いたと言ってるっス。もちろんこれも自分と岩岡…も聞いたっス。それと、えと、言い忘れましたが、反対隣の201号室には、誰もいません。いや、空き室っス。だから、証言は取れません」
 鈴木は一瞬クスりと笑いそうになり、あわてて(しまった、不謹慎だな)という目をして押し黙った。村上はハラハラしながら心配そうな顔で中原を見上げた。岩岡は聞いてないふうだった。
「あとは、管理人さんです。管理人。最上階に住んでます。このひとは井沢…さん…といいまして…」
 さえぎるように岩岡が吠えた。
「まあ、どっちにしてもこの時間なんで、帰ってもらいました。身元はふたりともはっきりしてるんで心配はいらねえと思います。明日にでも話を聞くことになってまさあ。それより中原! お前は大事な仕事を俺から仰せつかったろ。それを報告しねえかい」
 一瞬目をドングリのように見開いた中原だったが、岩岡の声で少し落ち着いたのか、やや低いトーンで話し出した。
「はい、川に何かが飛び込む音を自分らが聞いたとき、見に行くように岩岡警部から言われて、橋の上で川とマンションを見張ってました。その後ベランダから降りたヤツはいないし、音を聞いてから橋の上に行くまで10秒とかかってないはずなんで、誰かが川にいたら絶対にわかるはずっス」
「でも橋の両側は同時には見られないでしょう? 当時はもう暗かったでしょうし」
 すぐさま鈴木が助け船を出した。
「そうかも知れませんが警視、あの川の汚さでは、そうそう長く潜っていられるとも思えません。下流方向、つまり橋の方へ向かって泳いでくれば、橋の反対側に行く前に顔を出すはずです。橋の上は街灯がついていますから、見落とすとも思えません」
 さらに村上もフォローした。
「それに、自分が橋に着いたとき、ポロシャツとスニーカーをこの中原の指摘で見つけました。橋の方へ流れてくるものは、絶対に見落とすことはありません」
 岩岡までもが中原を弁護した。
「飛び込んでからすぐに岸に上がって逃げる、ってえ手がねえとは言えねえが、ものの10秒じゃあの岸には這い上がれねえ。ただ、橋と反対方向に泳いで行ったんなら、話は別だがな」
「確かに橋の反対側、つまり上流方向ですと、灯りも少なく小雨で煙ってましたから、なんとも言えませんね」
 と村上も唸る。
「そうしますと」
 眼鏡を直しながら笠井は言った。
「被害者を撃った犯人は、そのまま部屋を横切ってベランダから川へ飛び込み、すぐに橋と反対方向へ泳いで逃げた…、簡単に考えるとこうなりますね」
 4人はうなずいた。
「逆に橋の下に潜んでいた…ということは考えられませんか? 橋の上からは死角で見えないはずでしょう?」
 それに対し、さらに熱く村上が語った。
「いえ、自分が橋に着いたとき、すで応援の警官も一緒でありまして、すぐに橋の両側を見張らせています。さらにポロシャツとスニーカーを回収するときには捜査員が水面まで降りています。橋の下にいたとしても、絶対に逃げる隙はありません」
「わかりました。皆さんの言うとおり、まだ不確定要素が多いようです。また明日、懸案事項を持ち寄って話し合うことにしましょう。被害者の周辺事情についてもその時にお伺いしますよ」
 会議室を出るとき、岩岡は笠井に聞こえないように、しかしすごい形相で鈴木にささやいた。
「ヤツだ。ヤツから目を離すんじゃねえ。絶対にだ! わかるな!」
 あまりの迫力に、鈴木はごくり、と喉を鳴らしてうなずいた。
(続く)

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